「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

宗教対立:タイ南部で仏教徒とイスラム教徒の対立激化

MSN-Mainichi INTERACTIVE アジア



 イスラム系武装組織と国軍・警察の衝突が続くタイ南部の情勢が緊迫の度を深めている。10月末、拘束されたイスラム系住民78人が軍による搬送中に窒息死した事件を機に、事件への報復とみられる仏教徒暗殺事件が頻発。仏教徒住民らを恐怖に陥れ、イスラム教徒との間に不信と憎悪を増幅しつつある。【タイ南部ナラティワートで藤田悟】

 「仏教徒たちよ、我々の土地から出て行け。さもなければ銃弾を浴びせる」。南部ナラティワート県の仏教寺院で僧侶が見せてくれたビラにはこう書かれていた。同県周辺で大量にばらまかれているという。「この町に何十年も住んでいるが、こんなひどい脅迫を受けることはなかった。仏教徒たちは恐怖の中で生活している」と僧侶は嘆いた。

 マレーシア国境近くに位置するナラティワート、パタニ、ヤラーの3県は、イスラム教徒が住民の8割前後を占める。20世紀初頭までイスラム教国が存続していた歴史的事情もあり、タイからの分離・独立運動が絶えない不安定な地域だ。

 今年に入って、イスラム武装組織と国軍・警察との衝突が激化し、500人以上の死者が出ている。10月25日の住民大量窒息死事件は、状況をさらに暗転させた。

 発端はナラティワートで地元の若者6人が銃を武装組織に渡した疑いで拘束されたことだった。

 拘束に抗議する地元住民ら千数百人が警察署を取り巻き、投石。警察と軍が催涙弾や放水で応酬し、約1300人を拘束した。政府は当初、混乱の中で6人の死者が出たとしていたが、翌日、さらに81人の死亡が確認されたと発表。うち78人は軍のトラックに詰め込まれ、約3時間かけて軍施設に運ばれた際に窒息死したとされた。

 拘束から13日後に解放された男性運転手(29)の話では、拘束された人々は後ろ手に縛られ、顔を下にした形で荷台に放り込まれた。男性の上には三重に拘束者が押し込まれ、息をするのがやっとの状態だった。「生き残れて本当に幸運だった」と男性は語った。

 メ・ワニさん(35)の夫でゴム園労働者のマロヒン・マッカさん(41)は命を落とした。朝5時、「モスク(イスラム寺院)へお祈りに行く」と言ったきり戻らなかった。翌日の夕方、村長が訪ねてきて、夫の死を知らされた。遺体は顔がはれ上がり、歯が折れていた。夫の知人によると、夫は警察署前で兵士らに殴られたが、トラックに押し込まれた時にはまだ生きていたという。

 「夫の収入で2人の息子を育ててきた。これからは私が仕事をしないと生きていけないけれど、ショックで何も手につきません」。メ・ワニさんは細い声でつぶやいた。

 「イスラム教徒が動物のように扱われた」--。この事件はイスラム教徒の怒りに火をつけた。分離主義グループ「パタニ統一解放機構」を名乗るグループが報復を宣言。仏教寺院の僧侶が首を切断されて発見されたり、仏教徒集落の役員が暗殺されるなど、報復とみられる事件が連日のように起きている。

 タクシン政権は南部3県に国軍兵士1万2000人以上を増派し、検問所設置やパトロール強化で治安の回復に躍起だ。しかし、ゲリラ的な暗殺事件はやまず、情勢が改善に向かう気配はない。来年2月予定の総選挙を前に最大の政治問題に浮上し、政権を揺さぶっている。

 パタニに住むコラムニスト、アーマド・ブアルアンさんは「力で押さえ込もうとする手法では問題は解決できない」と政権を批判。「イスラム教徒たちはこの国で軽んじられ、森林や水産資源を奪われてきたという被害者意識を抱き続けている。その心情を理解し、和平に向けた政策を取らなければ、ますます危険な状況に陥るだろう」と警告する。

毎日新聞 2004年12月2日 1時05分
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by miya-neta | 2004-12-02 08:09 | 国 際