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by miya-neta

世界の子育て:スウェーデン~子どもの進む先を掃いて整える親-カーリング・ペアレンツ

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スウェーデン~子どもの進む先を掃いて整える親-カーリング・ペアレンツ 船渡和音さん
冬のチームスポーツ、カーリング(スウェーデンカーリング協会提供、Hakan Sundstrom撮影)




 最近、スウェーデンでよく聞く言葉に、「カーリング・ペアレンツ」というものがある。氷上で取っ手のついた重りを滑らせ、その重りをいかに的の近くにいかせるかを競うチームスポーツ‐カーリングはスウェーデンでも人気で、冬季五輪ではメダルもとっているが、このスポーツでは、滑りをよくするために重りの前をモップのようなもので掃く係がいる。ここから連想された言葉だ。子どもの障害になりうることをできるだけ取り除いあげて、子どもの人生を可能な限り楽にさせてあげよう、完璧にさせてあげよう、と過剰に手をだす親のことを指す。要するに過保護な親ということだ。

 3年ほど前にデンマークの児童心理学者が使いだした言葉だが、昨年からスウェーデンでも話題にのぼるようになった。背景には、子に対する親の罪悪感がある。共働きが普通の北欧では、子どもを保育園に預ける時間が長いことに罪の意識を感じる人が多く、せめて一緒にいるときは、子どもの好きなようにさせてあげよう、尽くしてあげよう、と思う親心なのだ。子どもの習い事やスポーツクラブへの送り迎えにはじまり、例えば小学校高学年の大きな子どもに対しても、何か飲みたいといえば、自分が電話中でも中断して、望むものをわざわざ作ったり、持ってきてあげる親は珍しくないと聞いて驚いた。「親の、子に対するサービスが過剰」と前述の心理学者は指摘する。

 わが子にできる限りのことをしてあげよう、とする親心自体が悪いわけではない。ただ問題なのは、その過剰ぶり。そして、そうやって障害を最初から取り除かれて、自分で乗り越えることを学ぶ機会のない子どもたちは、成長して実社会に出たときに、必ずぶつかる障害や困難な状況に対応できなくなるのも問題だ。

 私は常々、スウェーデンの子どもは教師や親などに対して、時には無礼なくらいなれなれしいところがあると思っていたが、これも子どもに尽くしすぎているが故に起きた「尊敬の消失」という結果だという。

 この「カーリングペアレンツ現象」を実感したのは、保育園の保護者会であった。一部の親の保育園に対する要求意見の活発なことといったら。保育園は安全でさえあればいいと思っている私には、彼らはいったい何を保育園に期待しているんだろうかと困惑したほどである。なにしろ、わが子の遊び相手が関わってくるクラス編成への介入要求から、遊びを通しながら読み書きを教えるべきだという教育的指導要求、食事の安全性確認要求まで、延々と続いたのだ。

 これじゃあ保育士さんや先生は大変だろうなあと、少し気の毒に思っていたところ、後日、ある保育士さんが私にポツリと漏らした。「日本の子どもはしつけがよく、先生は社会的地位も高くて尊敬されていると聞いている。うらやましい」私は苦笑して聞いていたが、期待を裏切りたくなくて「日本にも学級崩壊という言葉があるんですけどね」とはいえなかった。

船渡和音(ふなとかずね)さんのプロフィール

1968年生まれ。都内の大学卒業後、メーカー勤務、出版社での記者を経て、95年に縁あってスウェーデンに移住。96年よりストックホルムにある某大学の日本研究所にて研究アシスタントとして勤務の傍ら、フリーでライター活動も。夫と娘2人で、ストックホルムの郊外に暮らす。

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 2005年1月18日
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by miya-neta | 2005-01-19 09:18 | 国 際