「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

「アイスマン」発見から14年 なぞの解明は遠く

CNN.co.jp : 「アイスマン」発見から14年 なぞの解明は遠く - サイエンス


2005.02.28
Web posted at: 20:31 JST- REUTERS

イタリア・ボルツァーノ(ロイター) オーストラリア・イタリア国境の氷河で約5300年前の凍結ミイラが発見されてから、今年で14年。当時の生活やこの人物の死因をめぐり、最新技術を駆使した研究が進められているが、依然として多くのなぞが残る。またミイラの発見者らが相次いで不運な死を迎えたことから、不吉なうわさも巻き起こっている。

このミイラは91年、ドイツ人登山家のヘルムート・ジーモン氏が発見。現場の地名にちなんで「エッツィ」と名付けられた。現在はイタリアのボルツァーノにある南考古学博物館に保管されている。

「エッツィ研究には、近年の科学技術の発達がそのまま反映されている」と、同博物館の職員は語る。エッツィについてはこれまでに、推定年齢が45歳前後であることや、20代前後までアルプス南方の渓谷で育ったらしいことが判明。01年にはX線撮影により、肩の部分から矢が見つかった。手にも切り傷があり、衣服に本人以外の4人の血液がついていたことなどから、戦いで死亡したとの説が有力になっている。最近では、DNAからエッツィの人種を推定する研究が進行中。結果は数カ月以内に発表される見通しだという。

これとは別に注目されているのが、発見チームのメンバーらを次々に襲った不幸だ。ジーモン氏らを案内したガイドが転落死し、発掘現場を撮影したジャーナリストはがんで死亡。エッツィを最初に調べた法医学者は、これをテーマにした講演に向かう途中、交通事故で命を落とした。昨年10月には、ジーモン氏自身がエッツィの発見現場付近で突然の嵐に襲われて遭難した。

ジーモン氏が死亡した夜、エッツィの「殺害説」を主張するオーストリア・インスブルック大の考古学者、ワルター・ライトナー氏も現場近くにいて、米国人ジャーナリストらに持論を紹介していた。嵐に見舞われ、ヘリコプターで脱出する羽目になった翌日、ジーモン氏らが行方不明になっていると聞いて「気持ちが悪くなった」という。研究者らの間からは「エッツィののろいでは――」とのささやきも聞かれ、なぞは深まるばかりだ。
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by miya-neta | 2005-03-01 16:13 | 国 際