「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

親父の典型 兵藤ゆき

asahi.com: 親父の典型-教育


アサヒコム 2005年06月16日10時28分

 ニューヨーク(NY)では12歳になるまで、子どもだけでの外出も、家で留守番も、法律で禁止されている。それに反した場合、保護者は、監督不行き届き、幼児虐待の罪で逮捕される場合もある。

 肩慣らし滞在のとき、近所の小学校の子どもたちが登下校のときにいつも保護者と一緒だし、街で出会うそのくらいの子どもたちもみんな保護者と一緒なので、「なんでなんだ」と夫に尋ねると、この法律のことを教えてくれた。

 NYは大都会で犯罪も多い。そんなところに小さな子どもだけでうろうろさせるのは危ない、ということもあるし、そういう法律がないと、子どもの面倒をみないで遊び回ってしまう親がたくさん出てきてしまう心配もあるからではないか、ということだった。

 日本だったら、小さな子どもがひとりでお使いやお留守番ができると、「偉いねえ」などと誉(ほ)めてしまうし、テレビ番組でもやっちゃったりしているが、NYではそれは、とんでもない話なのであった。

 しかし、学校の送り迎えも小学生のうちは保護者がしなければならないというのは、共働きの家庭は大変そうだ。お父さんだって忙しいが、お母さんだって忙しい。小学生のかぎっ子はNYではありえないわけだから、ベビーシッターを雇える余裕のあるところはいいが、そうではないところは両親が互いの仕事の都合を話し合い、協力し合わなければならないというわけだ。

 日本の父親の典型にかつて、「かみなり親父(おやじ)」というのがあった。子どもの面倒をあれやこれやとみるわけではないが、父親の尺度に合わないようなことを子どもがした場合には、頭ごなしに怒る。かみなり親父の親父たるゆえんは、親父の尺度が正しかろうが、正しくなかろうが、ひとたび親父が怒ったら、ぴたりと周りが静まりかえり、親父の尺度通りに、事が収まらなければならない。

 しかし、そうした親父も、時代の変化の中で「かっこ悪い」存在となり、今やすっかり姿を消した。

 ところが、その後日本では、これといった「親父」の典型が現れていない。

 土日の昼間、NYの公園で赤ちゃんのオムツを取り換えているたくさんのお父さんたちや、平日、学校への子どもの送り迎えをしているたくさんのお父さんたちを見かけたとき、「へー、NYのお父さんたちって、ちゃんと子育てをしている人が意外と多いんだー」と、なんだかすごく感心した。

 と同時に、「子育てをきっちりやる親父」が、日本でも典型になったらいいなあと、つくづく思ったのであった。

(次週に続く)
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by miya-neta | 2005-06-16 23:00 | 国 際