「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

60年前、日本に原爆を落としたアメリカ人たち

真説 日本語文法、パングラム、そして日々のこと


BBSのニュースサイトに、原爆を投下したエノラゲイ乗組員3人のインタビュー記事が掲載された。
3名というのは、セオドア・ダッチ・ヴァン・カーク氏84歳、モーリス・ディック・ジェプソン氏83歳、ハロルド・アグニュー博士85歳である。
「have no regrets」という見出しの通り、彼らは広島に原爆を投下したことを遺憾とは思っていないということだ。
やらなければ戦争は終わらなかった。戦争が終わってから被爆地に赴任したら、初めは避けられたがそのうち歓迎されるようになった、つまり日本人は平和を喜んでいたようだった。私たちは正しい行いをした。原爆で多くの命を奪うという行為が、結局多くの命を救ったのだから誇りに思う。…という具合。

投下した者としてみたら、自分の人生が悪いものだったと認めることなどできぬから、当然それを正当化するあらゆる理由を収集しているわけである。いつでも聞かれればそれを提示して、この通り決して悪くはなかった、正しかったと言うほかはないだろう。アメリカは勝利し、彼らを裁く法律は存在しない上に、彼らが日本人に対する悪意のみでそれをおこなったという事実もない。さらに彼らの言い分を絶対に間違っていると断じる資格を誰ももたない。

殺された子供たちのことを考えたら、それはもちろん史上稀に見る悪事であり、大量殺戮であるという客観的な叙述は可能であるが、さらにその上には、“無辜の人命”なるものが、時に世界の不正を正すため悲惨な犠牲を払うべき存在として機能するものであるという、超大局的な客観的叙述も可能かもしれない。

無論、今後なにが起ころうとも繰り返すべきでないことに異論の余地などありようがない。
しかしまた、地表に暮らすことのできる人口に限界の見えてきていることもまた無視できないから、百人しか乗れぬ救命ボートに遭難者が千人という非常事態が刻一刻と迫っているのかもしれぬ。そうなった時にはまた再び、人口を激減させる大きな動きがあり得ることを、私たち“生き残り”は覚悟しなければならないだろう。

自分の家族だけは絶対に死なせない。
誰もがこの決意で生きているが、地表にうごめくその決意すべてをかなえることは不可能なのだ。

050805
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by miya-neta | 2005-08-05 12:08 | 国 際