「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

船場太郎氏、「根こそぎ改革」 自民市議団総会で突然表明

asahi.com:関西


2005年10月26日

b0067585_11175037.jpg
 突然の辞職・再出馬という「賭け」に出た関淳一前市長に対し、一向に対立候補が浮かんでこなかった大阪市長選。「結局、関氏しかいない」という声すら強まっていた矢先に、これまた突然、対抗馬が現れた。吉本新喜劇の人気コメディアンだった船場太郎市議(65)。「根こそぎの改革しかない」と宣言した船場氏に対し、関氏も「市民を信頼して最後までやり抜く」と譲らなかった。

 「今朝、新聞を見て決心した」

 25日午後7時前、市役所8階の自民市議団控室で記者会見した船場氏は、「いつ決心したのか」という記者団の問いに間髪入れず答えた。

 この日の朝刊では、自民市議団が候補者公募の方針を固めたことが報じられていた。

 「公募はおかしい。『民主はずし』を唱えた以上、自民党から誰かでないといけない」。船場氏は決断の理由をそう語った。

 会見に先立つ午後3時から開かれた自民党市議団の総会。もともとは、候補者公募の方針を正式決定する場だったが、冒頭、船場氏が「私が立候補します」。大半の市議は事前に聞かされておらず、「ええっ」とどよめきの声が上がった。

 市議団の間では、仮に候補者を公募しても、最終的には関氏を推さざるを得ないとの意見が根強かったが、自民党が求める「民主党抜き」の選挙態勢に応じようとしない関氏への反発も強まっていた。

 船場氏に対し、「よく決断した」との声も飛び出し、「議席を捨てても立候補表明した船場議員の意思を尊重したい」(大丸昭典幹事長)ということになった。

 吉本新喜劇で「せん・ばたろうです」のギャグで人気を集め、座長も務めた船場氏。91年に市議に初当選した際は、「公費乱脈の市政を何とかせんことには」と抱負を語った。

 08年五輪の大阪誘致では、賛成派として市議会の招致特別委員長を務めたが、北京に敗れた。

 この日の記者会見では、長く市議として職員厚遇などをチェックできなかった責任を問われ、「やるべきことはやってきたが、福利厚生制度には分からない部分が多かった」と釈明した。市政改革にどこまで手腕を発揮できるかは未知数だ。

b0067585_11181757.jpg■関氏「最後までやり抜く」

 辞職後、原則として1日1回、記者会見に応じている関淳一・前市長。25日も午後7時半から、大阪市の後援会事務所で会見を開いた。

 船場氏の出馬会見から1時間もたっておらず、「つい1、2分前に聞いた」と関氏。「選挙だから、それぞれ被選挙権はある。他にも候補者が出る可能性はある。どんな形になっても、やり抜く」と繰り返した。

 船場氏がしがらみのある関氏には改革はできないと指摘した点にも、「現業部門の職員の採用凍結など、やることはやった。固定的な観念で考えるべきではない」と反論した。

 ただ、自民党関係者の間では、関氏の後援会を支えているのが自民党市議らであることから、自民党と決別した選挙戦は難しいとして、関氏が「出馬断念に追い込まれるのではないか」との観測も出ている。関氏も会見で「(船場氏は)ご自分で意思表示された?」「自民党は何か決めた?」と記者団に逆質問するなど、戸惑いを隠せない様子だった。

 困惑したのは自民党大阪府連も同じ。関氏支援を念頭に置いていたある幹部は「関、船場の二人とも立候補させるわけにはいかない。頭が痛い」。府議のひとりは「他にも立候補する人が出てくるかもしれない」と、候補者乱立を警戒する。

 自民から船場氏推薦を求められる公明党も、これまで自民、民主と3派態勢を維持してきただけに、「民主を切り、自民市議を推薦するのは正直抵抗がある」(市議)と、慎重な構えだ。
[PR]
by miya-neta | 2005-10-26 11:15 | 政 治