「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

中之島一家の崩壊 -大阪市・崩れゆく構図- (上)

大阪日日新聞


中之島一家の崩壊 -大阪市・崩れゆく構図-

<上> 市労連との決別

集票マシン ぶっ壊す

2005/10/19

 大阪市の関淳一市長が十八日、辞職届を提出し、市議会も同意したことで、辞職が正式に決定。出直し市長選が実施される運びとなった。自らの助役時代の責任を明確化し、あらためて市民に信を問うことを理由として掲げた関氏だが、一方で市長選挙の度に、“中之島一家”と呼ばれる最大の「集票マシン」市労働組合連合会(市労連)・市議会とのなれあい体質との決別も宣言。大阪市長選で長年にわたって続いてきた選挙の構図が大きく変わろうとしている。

 同市ではこれまで、関氏を含め五代にわたって助役出身者が市長に就任している。その最大の集票マシンが市労連と共産以外の市議会与党で、市庁舎の地名(中之島)から「中之島一家」と呼ばれるほど密接な関係にあった。

 だが関氏は十七日の市長辞職、再出馬会見の席上で、「これまでの大阪市長選で組合が大きい力を発揮していたが、わたしの代で打ち切りたい。公務員は公務に専念すべきだ」と市労連との“決別宣言”を行った。

 この瞬間、第十三代大阪市長、中馬馨氏以来、五代にわたって続いた「市労連・議会・助役出身の市長」で構成する“中之島一家”の一角が崩れた

 関氏は今回の辞職、再出馬の理由を▽助役時代に所管していた水道局のヤミ年金・退職金問題▽健康福祉局長時代に民間の芦原病院(大阪市浪速区)へ約百三十億円▽同局長時代に理事長を務めた大阪市医療事業振興協会が市からの借入金約二十六億円を返済していない-の三つを挙げた。さらに市長就任後に第三セクターの経営破たんが相次ぎ、その処理に公費を投じたことの責任にも触れた。

 その上で、関氏は先ほど公表した市政改革マニフェスト案について「市政の中で今後、三十年-四十年の間になされること。さらに市長マニフェストを発表したい」と、あくまでも市政改革に取り組む執念を見せた。

 関氏の祖父は、大阪の都市づくりに心血を注ぎ“大阪の父”と親しまれた第七代大阪市長の関一。

 第六代、池上四郎市長が「交通、工業政策に明るい学者を助役に迎えたい」と一橋大教授だった関一を市政に迎え入れた。御堂筋の拡幅工事も助役から市長に就任した関が発案し、建設に着手した。しかし、その当時、御堂筋の拡幅工事をめぐっては「市議会から『飛行場でも造る気か』とヤジが飛んだ」(関一の研究家)という。

 市長に就任後、職員厚遇など一連の問題が発生してからの関市長は変わったという関係者は多い。「最初は何だか、頼りなげだったが、腹を決めたようだ」(元市幹部)という。

 関氏自身、「祖父のことはあまり知らない」と多くを語りたがらないが、「市政改革をやりきりたい」と言い切った自らを祖父とだぶらせているのかもしれない。
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by miya-neta | 2005-10-19 07:31 | 政 治