「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

天皇陛下:72歳の誕生日 「過去への理解が大切」

皇室:MSN毎日インタラクティブ


 天皇陛下は23日、72歳の誕生日を迎えられた。これに先立つ記者会見で、戦後60年でのサイパン島慰霊訪問などに関して、「過去の歴史をその後の時代とともに正しく理解しようと努めることは、日本人自身にとっても日本人が世界の人々と交わっていくうえにも極めて大切」との考えを示した。

 会見は皇居・宮殿で19日行われ、冒頭で豪雪被害に触れ、遺族への哀悼とともに「速やかに天候が好転し、人々が穏やかな生活に戻れるよう願っています」と述べた。

 「女性・女系天皇」容認を打ち出した「皇室典範に関する有識者会議」の結論には、「回答は控えたい」と言及しなかった。しかし、皇室のあり方について「国民と苦楽をともにすることに努め、国民の幸せを願いつつ、務めを果たしていくこと」との見解を示した。

 また、女性皇族の役割を「実質的な仕事に加え、その場の空気に優しさと温かさを与え、人々の善意や勇気に働きかけるという非常によい要素を含んでいる」とし、療養中の皇太子妃雅子さまに対し「一層の回復を待ち望んでおります」と気遣った。

 11月に結婚し皇族を離れた長女の黒田清子さんに関しては「皇后はさぞ寂しく感じていることと思います」としたうえで、「これまでおかしいことで3人が笑う時、ひときわ大きく笑っていた人がいなくなったことを2人で話し合っています」と明かした。【遠山和彦】

 ◇天皇陛下の記者会見の詳しい内容は次の通り。

 天皇陛下 最近、北陸地方を中心に各地を豪雪が襲い、各地に被害が生じ、死者も出ていることに心を痛めています。遺族の人に心から哀悼の意を表したいと思います。すみやかに天候が好転し、人々が穏やかな生活に戻れるよう、そして負傷した人々が順調に回復していくことができるように願っています。

 --この1年、国内外でさまざまなことがありました。陛下は病の治療を続けられながら、戦後60年にあたってサイパンを慰霊訪問されるなど、数多くの公務に取り組まれました。初めての海外での慰霊についてのお気持ちや、かの地で感じたこと、今後の慰霊のあり方、次世代の継承などについて陛下のお考えをお聞かせ下さい。

 質問に従って十分にお答えができるように紙にまとめましたので、それにしたがってお話したいと思います。

 先の大戦では非常に多くの日本人が亡くなりました。全体の戦没者310万人の中で外地で亡くなった人は240万人に達しています。戦後60年にあたって私どもはこのように大勢の人が亡くなった外地での慰霊を考え、多くの人々の協力を得て、米国の自治領である北マリアナ諸島のサイパン島を訪問しました。

 そこにはこの地域で亡くなった戦没者のために国が建てた中部太平洋戦没者の碑があります。ドイツ領であったサイパン島は第一次世界大戦後、国際連盟により日本の委任統治領となり、多くの日本人が移住し、砂糖産業や農業、漁業に携わっていました。昭和19年6月15日、米軍がサイパン島へ上陸してきた時には、日本軍はすでに制空権、制海権を失っており、大勢の在留邦人は引き揚げられない状態になっていました。このような状況下で戦闘が行われたため、7月7日に日本軍が玉砕するまでに陸海軍の約4万3000人と在留邦人の1万2000人の命が失われました。

 軍人をはじめ、当時島に在留していた人々の苦しみや島で家族を亡くした人々の悲しみは、いかばかりであったかと、計り知れないものがあります。この戦闘では米軍にも3500人近い戦死者があり、また900人を超えるサイパン島民が戦闘の犠牲になりました。また、この戦闘では朝鮮半島出身の人々も命を落としています。この度の訪問においてはそれぞれの慰霊碑にお参りし、多くの人々が身を投じたスーサイドクリフとバンザイクリフを訪れ、先の大戦において命を落とした人々を追悼し、遺族の悲しみに思いをいたしました。61年前の厳しい戦争のことを思い、心の重い旅でした。

 ただ高齢のサイパン島民には、かって日本の移住者が島民のために尽くしたことを今も大切に思っている人がいることはうれしいことでした。私どもが島民から温かく迎えられた影には、かっての移住者の努力があったことと思われます。このたびのサイパン島訪問に携わった日本側の関係者はじめ米国側、ならびに北マリアナ諸島側の関係者に深く感謝しています。日本は昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって、また日本人が世界の人々と交わっていくうえにも極めて大切なことと思います。

 戦後60年にあたって、過去のさまざまな事実が取り上げられ、人々に知られるようになりました。今後とも多くの人々の努力により過去の事実についての知識が正しく継承され、将来に生かされることを願っています。

 --紀宮さまのご結婚について、現在のお気持ちと36年間の思い出、ご夫妻2人きりになった暮らしぶりについてお聞かせ下さい。

 2人の結婚に対して、多くの人々が心のこもった祝意を寄せてくれたことをうれしく思います。2人が2年近く十分に話し合い、心を決めることができたことは非常に幸いなことでした。2人が結婚の日を迎えるまでさまざまな面で力を尽くしてくれた多くの人々に深く感謝しています。清子は皇族として国の内外の公務に精一杯取り組むことに心がけ、務めを果たしてきました。また、家庭にあっては皇后と私によく尽くしてくれました。

 私の即位の年に成年を迎えた清子が、即位の礼には皇太子、結婚して4カ月余りの秋篠宮とそろって出席し、私どもを支えてくれたことは心に残ることでした。清子の結婚後も私の日常はさまざまな行事で忙しく、今のところはそれほど変わったという感じはしません。皇后はさぞ、寂しく感じていることと思いますが、今までにも増して私のことを気遣ってくれています。

 ただ、これまで、おかしいことで3人が笑う時、ひときわ大きく笑っていた人がいなくなったことを2人で話し合っています。清子は心のやさしい人でしたが、とても楽しい所がありました。新しい道が2人にとって幸せなものであるように願っています。

 --皇室典範に関する有識者会議が「女性・女系天皇」容認の方針を打ち出しました。実現すれば皇室の伝統の一大転換となります。陛下はこれまで皇室の中で女性が果たしてきた役割を含め、皇室の伝統とその将来についてどのようにお考えになっているかお聞かせ下さい。

 皇室の中で女性が果たしてきた役割については、私は有形無形に大きなものがあったのではないかと思いますが、皇室典範との関係で、皇室の伝統とその将来についてという質問に関しては、回答を控えようと思います。

 私の皇室に対する考え方は、天皇、及び皇族は国民と苦楽をともにすることに努め、国民の幸せを願いつつ、務めを果たしていくことが皇室の在り方として望ましいということであり、また、この在り方が皇室の伝統ではないかと考えているということです。

 女性皇族の存在は実質的な仕事に加え、公的な場においても私的な場においてもその場の空気にやさしさと温かさを与え、人々の善意や勇気に働きかけるという非常によい要素を含んでいると感じています。その意味でも皇太子妃の健康が現在、徐々に快方に向かっていることは喜ばしく、一層の回復を待ち望んでいます。

毎日新聞 2005年12月23日 7時12分 (最終更新時間 12月23日 10時43分)
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by miya-neta | 2005-12-23 07:12 | 政 治