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「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

『ゆとり』教育改革迷走

東京新聞


 「ゆとり教育」をめぐり教育改革が迷走を続けている。「詰め込み」をやめようと学習内容を減らした現行カリキュラムには「学力低下」批判の嵐。改善しようとすれば、議論百出で具体案がまとまらない。こうした混迷の原因に「マネジメント」の欠如を指摘する論者が現れた。文科省屈指の優秀な官僚といわれながら昨年末に退職した岡本薫・政策研究大学院大教授(50)。なぜ教育論議は行き詰まるのか、その分析を聞いた。 (社会部・片山夏子、加古陽治)

 ――日本社会の特徴として「マネジメント」の欠如を挙げてますね。

 「ロジカル(論理的)な議論ができないのはなぜかと考えてきて、これはマネジメントの問題だと。日本人の基本的な思考パターンに問題があると気づいた。教育に限った問題でなく、昔の帝国陸海軍にもあったし今の企業にもあります」

 ――いわゆる「ゆとり教育」をめぐる議論が、まさにそうですね。

 「『ゆとり教育』という政策をとったことについて、現状をちゃんと見ていたか、原因を追究していたか、目標は明確であったか、というところが問題なんです。(その意味で)ゆとりを『是』と言う人も『非』と言う人も両方問題がある」

 ――何が「ゆとり」かという言葉の定義もはっきりしませんね。

 「言葉の定義を決めないで議論しているっていうのが根っこの問題。授業時間を増やすのは実はゆとり教育でしょ。だって詰め込まないってことですから。ところが二十四時間の中で学校教育にかかわる時間を減らすのもゆとりだって言う。私が二つ目の定義を知ったのは去年です。省内にも説明してないから」

 「バラバラなんです、認識が。するとバカな学者が『ゆとりっていうのは心の問題』とか言う。よせよって言うの」

 ――ゆとりで学力が低下したっていうのも関係がはっきりしませんね。

 「日本の子供はずっと学力水準が高いっていう国際比較テストの結果があった。ところが、詰め込んでいるから高かったのかとか、減らしても維持できるとかいう分析をしないでいたから、下がった瞬間になぜ下がったか分からなくなって大あわて。たまたまその前に(ゆとり路線への)政策転換があったから、元に戻そうって」

 「日露戦争でなぜ勝ったのかきちんと分析しないで、実は(局地戦での勝因は)物量の問題なのに精神力で勝ったなんて言うから、あんなこと(太平洋戦争の敗北)になったのと同じです」

 ――文科省の教育政策には、あいまいなスローガンが目立ちますね。

 「『生きる力』とか訳わかんない。教育が宗教になっちゃってる。神秘主義のベールに覆っておきたいから、誰も反対できないスローガンで覆う。でも保護者が気にしているのは、うちの子をどうしてくれるのかということ。最低限ここまではやりますってことを言わなければ、行政として無責任でしょ」

 「私がスポーツ・青少年局の筆頭課長だったときは、専門部会で体育の最低達成目標について議論してもらいました」

<メモ>ゆとり教育

 過熱する受験競争や、知識偏重の「詰め込み教育」に対する反省から、1976年の中央教育審議会(中教審)答申で「ゆとりと充実」という表現が盛り込まれ、77-78年の学習指導要領改定で指導内容が削減されたのが始まり。当時は世論の支持もあり、土曜日の休日化進行に合わせて、89、98-99年の改定でも指導内容と授業時間が削減された。一方で、ここ数年、削減で基礎学力が低下したとの批判が噴出。文科省は2002年、「確かな学力」向上への取り組みをアピールする「学びのすすめ」を発表し、10年ごとに改定してきた指導要領を随時見直す方針も表明した。05年には当時の中山成彬文科相が「ゆとり教育」の全面見直しを指示し、現在、中教審の部会で論議が進められている。

 マネジメント 岡本氏は新著「日本を滅ぼす教育論議」(講談社現代新書)で、「『目標の設定』と『手段の開発・実施』などを行っていくプロセス」と定義している。例えば教育改革を進める場合、(1)「現状」を正しく認識し(2)「現状」をもたらした「原因」を究明し(3)具体的な「目標」を設定し(4)そのために有効な「手段」を開発・実施する。実施後には目標との比較で結果を「評価」し、次につなげる。こうした一連の過程が「マネジメント」となる。

 岡本薫(おかもと・かおる) 東大理学部卒。1980年に文部省(現文部科学省)入省。経済協力開発機構(OECD)教育研究革新センター研究員、文化庁著作権課長、文科省学術研究助成課長などを経て退職。今年1月から政策研究大学院大教授(著作権、教育政策マネジメント)。
by miya-neta | 2006-03-04 07:11 | 教 育