「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

アフガン政府、キリスト改宗者裁判却下

Christion Today


2006年03月28日 00時48分

【アフガニスタン・カブール(AP通信)】米紙クリスチャンポストによるとアフガニスタン政府は日曜日、イスラム教からキリスト教に改宗した男性に対する裁判を証拠不十分のため却下した。 そのため政府高官によると、すぐにでもこの男性は解放されるという。

 この声明は米国に後ろ盾されたアフガニスタン大統領ハミド・カルザイ氏が、今回キリスト教に改宗したことで裁判にかけられた男性アブドル・ラーマン氏を解放するようにという諸外国からの強い圧力に直面した末に発表されたものであるという。

 AP通信によると今回の裁判に密接に関わった、あるアフガン政府高官は、「裁判では検察官により詳細な調査が要求され、そうこうしているうちにラーマン氏は解放されるだろう」と述べたという。

 この政府高官は、日曜日に「裁判所は今日アブドル・ラーマン氏に対する裁判を証拠不十分と、多くの国内外での法的差異が生じていることが原因で却下となりました。ラーマン氏を解放する決断は、すぐにでもなされるでしょう。もうアフガン政府はもうこれ以上ラーマン氏を拘置所にとどめておく必要はないのですから」と匿名でAP通信に述べたという。
 

 アフガニスタン最高裁判所広報官アブドル・ワキル・オメリ氏は、今回の件は「検察官の証拠資料不足」のために却下になることが確定されたと伝えた。

 オメリ氏は、ラーマン氏の家族の数人かが、41歳になるラーマン氏は精神的な病を抱えていたと証言していることに触れ、「彼が裁判に耐えうる精神状況にあるかどうか決断するのが検察当局の課題です」とAP通信に述べたという。

 またある欧州外交官も、この裁判が宗教的に敏感であるために却下されるべきだと主張しており、さらにラーマン氏がこの先アフガニスタンに滞在するのか外国に追放されるのかが疑問の焦点であると語った。

 コンドリーザ・ライス国務長官は、アフガニスタン裁判所が今回の裁判を却下したということについて確信がもてていないという。また、「まだ幼い民主主義国家」と呼んできたアフガニスタンの主権を米国がもっと尊敬する必要があることにも言及した。

 ライス氏は記者団から、米国キリスト教宣教師がアフガニスタンに行くことは奨励されるべきかと問われたのに対し、「アフガニスタンの人々は彼らがアフガニスタンの地に援助にくることで喜ぶでしょうが、彼らはアフガニスタンの主権を尊敬する必要があります」と述べたという。

 ラーマン氏はアフガニスタンのイスラム法上で、パキスタンのアフガニスタン難民の支援を目的に国際キリスト教団体で医療援助提供者として働いていた16年前に、キリスト教徒に改宗したことで訴えられていた。彼は先月逮捕され、背教行為で告訴されていた。

 イスラム教聖職者らは、もし政府が彼を解放するなら、アフガニスタンの民衆を扇動してラーマン氏を殺害すると脅していた。聖職者らは、彼は明らかにイスラム教のシャリア法典に反する行為をしたと訴えていた。

 今回のラーマン氏に対する裁判でカルザイ大統領は厄介な立場に立たされることになった。

 米国、英国、その他外国が、アフガニスタン政府に今回の裁判を却下するよう圧力をかける中、カルザイ大統領はイスラム教徒の感情を触発しないように注意し、宗教的保守派勢力を遠ざける必要もあった。

 ラーマン氏は逮捕されて以来カブール中心部の拘置所に拘束されていたが、その後先週金曜日に他の拘置所の抑留者からの脅しを受けて、悪名高いカブール郊外のPolicharki刑務所に移動されていたという。

 
Policharki刑務所は、高度にセキュリティ対策がなされた刑務所で、2000人の囚人を抱えており、その中の350人はタリバン、アルカイーダの武装組織のメンバーであるという。

 ラーマン氏を収容していた刑務所長は、「私たちはラーマン氏を継続的に監視する必要があります。これはとても敏感な裁判で、ラーマン氏には高度の安全の保証が必要になっています」と述べた。

 刑務所長はAP通信の記者にラーマン氏の収容されている監獄の扉の外側までは見せたが、ラーマン氏に直接会って話を聞くことは許可しなかったという。

 刑務所長によると、ラーマン氏は看守に聖書を求めたが、看守は彼に聖書を決して与えなかったという。

 またラーマン氏は自分の決断の重大さに十分に気づいており、すでに死の覚悟ができていたという(伊紙"La Repubblica") 。

人権活動家がラーマン氏の刑務所を訪ねて面会したことを取材した伊紙"The Rome Daily"によると、その会話の中でラーマン氏は、「私の心は落ち着いています。私は自分がなした選択の重大性に良く気づいています。私が死ななければならないのなら、私は死ぬつもりです。ずっと昔、誰かがこのようなことを私たち全てのためになしてくださったのですから」と明白にイエスのことを暗示して答えたという。

 ラーマン氏はキリスト教徒になる決断を「小さな成長の一段階」として16年前にアフガニスタンを去ってから行ったのだという。彼はパキスタンからドイツに移住し、その後ベルギーでビザを取得することを試みた。

 ラーマン氏はまた、「パキスタンペシャワルでは、私は人道支援組織メンバーと共に働いていました。彼らはカトリック教徒でした。私は彼らと宗教について話し始めました。そして私は聖書を読みました。聖書は私の心と精神を開いてくれたのです」と述べたという。
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by miya-neta | 2006-03-28 00:48 | 国 際