「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

自民党総裁選と森派/派閥解体ショーの始まりか

河北新報ニュース


 「政治家には他人に言えない悩みがあるものなんだ。それを党には相談できない。選挙だって、党はやってくれないよ」「家族や夫婦関係など、派閥はすべて掌握している。仲間の支持や世話というのもある。そこで政治家の心構えができる。それがなくなればロボットだ」「派閥は昔のようにカネを使わなくなってきて、変わってはきたが、やはり必要なんだ」

 自民党の最大派閥・森派を率いる森喜朗前首相が先日、日本記者クラブでの講演で披露した派閥観である。森氏の話をなぜ長々と引用したかというと、そこから、急速に進む自民党派閥の「液状化現象」をはっきりと読みとることができるからだ。

 派閥は党総裁候補の擁立で最も活性化する国会議員の権力追求集団だが、森派の場合は承知の通り、安倍晋三官房長官と福田康夫元官房長官の2人の「ポスト小泉」候補がおり、森氏は候補一本化を断念している。

 同一派閥から2人の総裁候補―ということ自体が派閥の否定につながるが、「安福対立」の陰には、もう一つの重大な派閥否定要因が潜んでいるのだ。
 森氏の派閥観をもう一度読んでみてほしい。お気づきだろうか。政策に関する言葉がどこにも見当たらないことである。

 森派が5月にまとめて発表した政策提言集はいわば派閥の政策綱領だが、人口減少への対応など4分野で所属議員の主張を列挙するにとどまった。安倍、福田両氏の違いが指摘される外交分野には一切触れず、派内対立の先鋭化を避ける内容としてしまった。「とても一つの方向でまとめられない」(同派幹部)のが実情だったという。

 自民党は生まれながらの派閥連合政党だが、党改革本部は1994年、衆院への小選挙区制導入を契機に、弊害が指摘されていた派閥の解消を唱える。しかし、派閥活動はその後再び活発化し、党改革本部が99年、派閥を「政策の実現を目指す同志的な集団としての政策グループ」と認定した経緯がある。

 小泉純一郎首相は「古い自民党」との決別を掲げ、各派閥の領袖に(りょうしゅう)相談しない一本釣り的な閣僚人事、あるいは衆院小選挙区制の党公認決定や資金(政党助成金など)配分権限の党執行部への集中によって、派閥を弱体化させた。

 これにより派閥は、政策の総合調整を担う政策集団という性格を残すことになる。逆に言えば、派閥が政策集団の色合いを強めていくことが、変化の激しい政治状況に対応しつつ生き延びる道になってきたと言える。

 しかし、森氏の派閥観と森派の政策提言は延命の道を自ら閉ざしてしまったのではないか。
 派閥はカネやポストにまつわる弊害ばかりが指摘されてきたが、それは「大政党内部を結束させる一つの装置」(飯尾潤政策大学院大教授)でもある。

 いまや、この「装置」を生かしながら、自民党内を有機的にまとめる武器となり得るのは派閥の「政策力」だ。もし政策力という残された可能性の蓄積を怠れば、派閥は9月の総裁選に向け退化を続けることになる。

2006年06月11日日曜日
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by miya-neta | 2006-06-11 07:31 | 政 治