「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

高まる靖国在り方論/冷静に議論を深化させよう

河北新報ニュース


 自民党総裁選に絡んで、首相の靖国参拝の是非に加え、靖国神社の在り方の議論が高まってきた。麻生太郎外相が同神社を非宗教法人化した後、「国営化」し、慰霊対象を国会の場で見直し、A級戦犯分祀(ぶんし)に道を開く私案を発表した。谷垣禎一財務相は一定の理解を示したが、安倍晋三官房長官は政府の一員として憲法の政教分離の立場から、神社の見直しに言及していない。

 「靖国」は、先の戦争について、どう総括するかの歴史認識と結びついた国内問題である。その上で、戦後、一貫して平和を希求してきたわが国の経緯を踏まえ、国際社会の理解が得られる解決策が必要であろう。道のりは険しいが、冷静に議論を深化させてほしい。

 麻生氏の私案は、宗教法人としての靖国神社の自発的解散を前提に、設置法を制定して特殊法人「国立追悼施設靖国社(招魂社)」に移行、実質的に国営化する。祭式は非宗教的、伝統的なものに変更、慰霊対象は「設置法を論じる国会が論議を尽くした上、決断する」とし、A級戦犯分祀を考慮する。

 非宗教化とA級戦犯分祀で、政教分離や外交問題をクリアし、天皇、首相のほか、外国首脳らも参拝できる環境を整備する狙いがある。

 ただ、問題点は数多い。第一は、戦没者の慰霊、顕彰施設としての役割を担ってきた靖国の国家管理への復帰が、日中、太平洋戦争を想起させ、国際社会の中で果たして理解が得られるかどうかだ。

 1960年代から70年代にかけて、自民党は靖国神社の申し出を前提に、特殊法人に引き継ぎ、国の責任で戦没者の霊を護持する靖国法案を5回にわたって提出、74年を最後に廃案になった経緯がある。国家神道主導の戦前回帰への危惧(きぐ)が懸念され、批判されたためだ。戦争責任など戦中、戦後の問題が整理されない中で、30年以上経過した今、同様な法案を提出するとなれば、反響は大きい。

 第二は、政教分離の原則に照らして、宗教性を払拭(ふっしょく)できるかどうかも疑わしい。麻生氏は「明治2(1869)年からずっと続けているからこれ(現状の神道)で行くならそれもいい」と、多少の宗教色があっても、慣習や儀礼的に範囲なら許容する姿勢を示す。

 それだけ、非宗教化は容易でなく、「A級戦犯の分祀よりもずっと難しい」とする声も出ているようだ。繰り返すようだが、麻生私案は、靖国神社の自主解散が前提であり、第一関門通過のハードルは高い。

 ともあれ、一時タブー視されがちだった靖国神社の在り方の議論が活発になったことは、評価されるべきなのだろう。国内的にも、外交的にも、いずれ決着を図らなければならない問題だからだ。

 靖国神社とは別に、戦没者追悼を目的とする無宗教の国立追悼施設を新設する案もあり、検討が必要だ。それにつけても、小泉純一郎首相は任期中の参拝を控え、議論を見守るべきだ。参拝すれば、混乱を引き起こすだけである。

2006年08月10日木曜日
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by miya-neta | 2006-08-10 08:13 | 政 治