「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

小泉首相の靖国参拝/ナショナリズムを抑えよう

河北新報ニュース


 小泉純一郎首相は、国の指導者として、靖国神社参拝後に起きる内政、外交問題について、どの程度展望を持っていたのだろうか。個人としての強い信念だけを優先させた行為なら軽率と言わざるを得ない。この参拝で、日中韓3国のナショナリズムに火がつき、取り返しのつかない状態だけにはしたくない。

 小泉首相は9月に退陣する。ポスト小泉の次期政権は、先の戦争に対する歴史認識を明確にし、世界の中で、アジアの中で、平和国家としての道を歩む姿勢をしっかり示してほしい。

 首相の靖国参拝は、就任以来毎年1回行っており6度目だが、終戦記念日は初めてだ。この日の参拝は総裁選出馬の際の公約であり、首相在任期間最後の機会として、度々示唆してきただけに、予想はできた。

 小泉首相は「戦争で命を投げ出さねばならなかった犠牲者に対し心からなる敬意と感謝の念を持って参拝している。2度と戦争を起こしてはならないという気持ちだ」と思いを語った。

 その上で、参拝を批判する声に対し、(1)靖国を条件に首脳会談に応じない中国の姿勢を認めるわけにはいかない(2)参拝は、A級戦犯ではなく、つらい立場にあった圧倒的多数の戦没者に対して行っている(3)神道奨励や過去の戦争の正当化の意図はなく、思想、良心の自由の問題だ―と反論。8月15日を選択した理由について「いつ行っても批判、反発される。いつでも同じで、きょうは全国戦没者追悼式もあり、適切だ」と述べた。

 首相は2001年の最初の参拝の際、「終戦記念日の参拝が、国内外の人々に平和を重んじるわが国の考えに疑念を抱かせかねないということであるなら、望むところではない」との談話を出している。5年の間に変わってしまったのか。

 疑問も多々ある。首相の戦没者慰霊の気持ちは多くの人が理解するにしても、今、やっと靖国神社の非宗教法人化やA級戦犯の分祀(ぶんし)など、靖国の在り方をめぐる議論が高まり、戦争責任などの歴史認識を国内問題として整理しなければならないときだ。参拝し、混乱を引き起こすよりは、冷静な議論を深化させるべきではなかったか。

 加えて、8月15日が、日本の侵略や植民地支配を受けた中韓にとっても、重い意味を持つ日であるのは明らかであろう。指導者は、人の痛み、近隣諸国の痛みを思いやりながら、抑制的に国の針路を示してこそ、信頼が得られるのだろう。その点、首相は思いに固執せず、中韓がA級戦犯合祀の靖国神社への参拝に反対している声を真摯(しんし)に受け止めるべきだったと思う。

 日中韓3国とも、今、最も懸念されるのは、偏狭なナショナリズムの台頭だ。特に、一部の日本の政治家らの主張を聞いていると、共生の道ではなく、強硬な主張が多く、戦争の教訓が生かされているとは思えないときがある。互いに大国意識をむき出しにし、相手をあげつらえば不幸極まりないことになりかねない。首相の靖国参拝を機に、一人一人が、静かに国の行く道を考えたい。

2006年08月16日水曜日
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by miya-neta | 2006-08-16 09:07 | 政 治