「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

特集ワイド:塩野七生さんに聞く 日本、世界

話題:MSN毎日インタラクティブ


 ◇「ローマ人の物語」が完結

 古代ローマ史を見つめ続けた目には、今の世界や日本はどんなふうに映るのだろうか。15年をかけて「ローマ人の物語」全15巻を書き上げた作家、塩野七生さんに語ってもらった。聞き手は西川恵・専門編集委員。【構成・太田阿利佐】

 ◇世界は2度目の中世に入っているのかもしれない

 ◇日本は、われわれの決断力のなさから自壊していく

 西川 ほぼ1年ぶりの帰国ですが、最近の日本の印象は。

 塩野 これまで日本を見る余裕はあまりなかったのですが、今回は「ローマ人の物語」の最終巻のキャンペーンで2カ月間滞在し、地方にも行ってみたけれど、日本の地方って悪くないですね。住んでいる人にはしかられそうだけど、1カ月ぐらい暮らしてもいいと思う。年に3カ月ぐらい短期滞在用マンションを借りて地方に住む--もしかしたら私たち、ある年齢以降はそういう住まい方をしてもいいんじゃないですか。よく定年後は海外になんて聞くけれど、海外に住んでいる者からみればとても無理ですよ。

 西川 地方の魅力は人情とか人の温かみということですか。

 塩野 いや、そういうものはない方がいいんじゃないですか。そういうものがあると、やはり何かにとらわれるし、離れ難くなるかもしれないし、反対に煩わしくなるかもしれない。異邦人として暮らす良さってあると思います。それに日本を歩いている限り、日本語は通じるし、日本食がある。やはり食事と言語は大きいですよ。

 西川 塩野さんの住むローマはいわばヨーロッパの奥座敷。作家の砦(とりで)としては最適では。

 塩野 私、あまり人情とかそういうの重視するタイプじゃないんです。ローマに住んでいるのは仕事に必要だから。古代ローマの中心だから、帝国の辺境に当たる地域でも飛行機だと2時間でいける。今は日本に帰ってもいい状況ですけど、日本だと、それこそ義理人情がね……。

 西川 今後は「ローマ人の物語」を書きながら浮かんできたテーマを書いていくんですか。

 塩野 私は後に戻るってあんまり好きじゃないの。男の時もそうだったけど(笑い)。一つだけはっきりしているのは今年はいかなる仕事もしないことね。

  ■  ■  ■

 西川 5年前にインタビューした時、「9・11(米同時多発テロ)が21世紀の始まりだ」と言いました。ヨーロッパでは、今年はシラク仏大統領もブレア英首相も退陣し、一つの政治的移行期を迎えます。やはり混迷の時期なんでしょうか。

 塩野 今はヨーロッパに限らず、どこも先が見えにくいんじゃないですか。ローマの歴史は、普通は西ローマ帝国が滅亡した5世紀後半で終わります。でも私は7世紀後半まで書きました。この時代は地中海の向こうにイスラムがかすんで見えてくる時代なんです。ここから中世が始まる。二つの一神教の世界の、大変な時代になる。「パックス・ロマーナ(ローマの平和)」という、ローマ帝国による国際秩序がローマとともになくなり、よく言えば群雄割拠、悪く言えば法律や理ではなく腕力や暴力で支配する時代になった。でも、もしかしたら今、世界は2度目の中世に入っているのかもしれませんね。

 ヨーロッパは今、戦争だけはしないという大前提の下で欧州連合(EU)を形成しています。彼らはヨーロッパ文明--端的には自由、平等、博愛、それに民主主義--を共有しています。それはある種、同じような状態の人間社会の中で成立するもので、比較的近似しているヨーロッパでは、まあ成立してきた。ところが今、そうではない人間を入れるか入れないかが大問題になっている。

 例えばアフリカ難民は不法入国した途端に「自由、平等、博愛でやってくれ。それがあなた方の文明ではないか」と主張する。これに欧州諸国はノーとは言えない。しかし、イエスと言えば自国民が黙っていない。ヨーロッパ文明の規範が逆手に取られている状況です。

 西川 国民の99%がイスラム教徒のトルコのEU加盟問題もあります。

 塩野 認めなければトルコはイスラム世界に行ってしまうでしょう。多分ブレア首相はそれを防ぐために「EUに加盟させるべきだ」と言っていると思います。

  ■  ■  ■

 西川 日本も昨年、小泉さん(純一郎前首相)から安倍さん(晋三首相)に代わりました。最近、「小泉さんが推進した市場経済主義の流れの影響で格差が拡大した。だから社会政策に力を入れるべきだ」という勢力が盛り返しています。

 塩野 それは社会政策に名を借りた利益誘導政策でしょう。小泉さんの構造改革は5年ぐらいで終わる仕事じゃないんです。世界もそうですが、日本も今、大変な時期ですよ。世界史を見ると、国や民族は、外部からの脅威よりも内部的な原因で衰退、崩壊していく例が多い。日本は、中国の脅威によってではなく、われわれ日本人の決断力のなさから自壊していく可能性が大きいと思います。

 西川 小泉さんの改革路線から戻ろうとするのは問題だと。

 塩野 ルビコン川を渡ると言うでしょう。渡った直後なら後戻りできる(笑い)。でも、しばらく行くと難しい。今は渡ってすぐだから、やっぱり後戻りしましょうと言う人たちがいて、その声も大きい。小泉さんは多くのことは改革できなかった。しかし、手は着けた。だから本当は、次の人が「とにかく渡ったんだから前に行こう」と言わなきゃいけないんです。

 西川 安倍さんは馬の鼻づらを変えようとしているようにも見えます。

 塩野 他の人が迷っている時、リーダーは迷わないでほしいですね。リーダーまで迷うとみんな右往左往しちゃう。

 西川 小泉さんにとって、安倍さんは後継者として期待外れだったのでは。

 塩野 そういう時、「自分は選択を間違った」というのは、やはり後継人事を決めた人の言うことじゃない。だから黙っているんじゃないですか。

 西川 一昨年の郵政選挙で、小泉さんが衆院選の争点を単純化したことに批判がありました。

 塩野 ある政治家が「小泉さんは改革後のビジョンを示していない」と批判したけれど、小泉さんにも多分、今後のビジョンが分からないんだろうと思います。分かったら破壊できない。郵政選挙では「郵政民営化ができなくて、ほかの改革ができるか」と訴えた。批判はあったけれど、単純化できないものは本当は意味はないと思います。単純化するということは本質を明確にすることです。

 彼は政治家としての王道を行ったんだと思います。そして勝負した。有権者は、この人は言葉に責任を持っているなと本能的に感じた。はっきり言わない政治家に、有権者は「あとで言い逃れするんじゃないか」と感じる。日本人が小泉政権と郵政選挙を経験したことはものすごく大きいと思います。今、安倍さんの支持率が下がっている。要するに日本の有権者は、あの選挙を機に「はっきり言え」と突きつけた。それができなければ、今後は票を失うことになるでしょうね。

 ■同席して

 ◇小泉前首相と塩野さん、よく似ている

 塩野さんは、小泉純一郎前首相の構造改革路線、郵政民営化を一貫して支持してきた。今回インタビューに同席して、小泉さんと塩野さんはよく似ている、と感じた。

 「人情とかそういうふうなものを重視するタイプでない」(塩野さん)ところや物事を単純化し的確に表現する卓越した言語感覚、決然とした話しぶりなど。「作家の仕事というのはあるところまで行くと決断力。決めたら行くしかない」という決断の固さや、民衆の動向に常に関心を持つところも似ていると思う。

 言語的センスを備えた政治家と、政治的センスを備えた作家が引き合うのは、当然なのかもしれない。

 違いを見つけるとすれば、取り組んできた仕事の視点のスパンだろうか。

 小泉さんは「郵政民営化は小泉内閣の構造改革の総仕上げ」と訴え、5年5カ月の任期の中で自らの改革に一応の区切りを付けたが、長い歴史の中で為政者を見てきた塩野さんに言わせれば、それはカエサルが「ルビコン川を渡ったところ」ほどに過ぎず、ローマに進軍し、帝国を築くような大改革はまだまだ先ということだ。

 月刊誌「文芸春秋」06年11月号のエッセーで塩野さんは、歴史上の最高の後継人事として、イエスからペテロ(キリスト教会初代法王)、カエサルからアウグストス(ローマ帝国初代皇帝)の2例を挙げた。どちらも後継者に正反対な男を選び、後継者こそが「革命」をやり遂げたとしている。そのうえで「いかに愛国者の私でも、小泉・安倍のバトンタッチを、ここに述べた世界史上の例と比べるのは大変に気がひける」と付け加えているが、塩野さんの本音が知りたい気もする。

 やがて小泉・安倍時代が歴史となった時、塩野さんはこの後継と時代を、どう位置づけるのだろうか。【太田阿利佐】

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 ■人物略歴

 ◇しおの・ななみ

 1937年、東京都生まれ。学習院大哲学科卒。92年「ローマ人の物語」の刊行を開始。単行本、文庫の累計部数は770万部を超える。ローマ在住。韓国と台湾でも翻訳、出版されている。

毎日新聞 2007年1月5日 東京夕刊
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by miya-neta | 2007-01-05 15:14 | 政 治