第38回絵が心を語り始める時・いじめる心といじめられる心
2007年 03月 15日
◇いじめっ子の絵、といじめられた子の絵
ここに2枚の絵があります。それぞれ8歳の男の子の絵です。空に浮かぶ雲の絵などを見ると、表現がよく似ていて同じ子どもの絵かと思うほどですが、別の子の絵です。
右の絵はクラスの中でいじめに遭っていた男の子Aが描いたもの。白い雲が浮かんでいますが、空の青い部分がまるで幕でも下がっているかのような不思議な表現です。この絵を描いている時期、クラスでは子ども同士の間でいじめが吹き荒れ、このAもそのターゲットになり学校を休みがちでした。よく見ると、校庭らしい風景の中に何か黄色い色で人物のようなものが描かれていますが、ふわふわとした線描きで判然としません。その分、空の堅苦しい表現が目立ちます。空が何かうっとうしい感じですが、いじめに悩んでいた頃なので上から押さえられているような気分だったのかもしれません。
さて、もう1枚の絵を見て下さい。これはAと同じクラスのBが描きました。じつは、この絵を描いたBはAをいじめている側の男の子でした。それにしても、この2枚の絵には共通点があることに気づく人が多いのではないかと思います。
その一つは雲の形状です。どちらも大きくてボコボコした岩のような雲の形ですね。私が子どもの絵を観察してきた経験から見ますと、このような硬い感じの雲が表現される場合心に重苦しい気分を抱えていたり、何かのプレッシャーを感じていたりすることが少なくありません。
Bがクラスで次々にいろんな子に殴る蹴るの暴力を働いていることは保護者の間でも問題になり、父母会などでも話し合いが行われたのですが、担任教師は積極的な解決に乗り出す様子はありませんでした。
私はたまたまBの描いたこの絵を見る機会があり、絵からBのことをいろいろ考えてみました。この頭の上にある大きすぎるような雲はいったい何を表現しているのだろうか。何かがBの上にのしかかっているのだろうか?
周囲の人達の話を聞いているうちに、少しずつBのことが分かってきました。B自身が、家庭の中でひどい暴力を受けているというのです。両親、特に父親がしつけに厳しく毎日のように何かと殴るのだということです。8歳の子どもにしてみれば、かなりきついと思います。しつけも行きすぎると虐待になりかねません。Bの場合、しつけの範囲を越えていたようです。そうでなければ、クラスで誰彼なく暴力を振るうことはなかったでしょう。家の中での暴力的なプレッシャーがBの心に恐怖や怒りの感情をうっせきさせていたのでなないでしょうか。彼にとって、それを発散する唯一の場所が自分のクラスだったのだと思います。何か思うようにならないことがあると、自分より弱そうな相手を狙っては暴力を振るっていたようです。
ある子どもが困った行動をとるとしても、そこには何か理由が働いているはずです。ここに挙げたBの場合にしても、クラスではいじめ行動をとっていましたが、家庭の中ではむしろ虐待を受けていた訳です。インプットされた暴力をそのままアウトプットしていたといってもいいでしょう。
◇一人の子どもの中に、いじめる心といじめられる心が共存している
最近のいじめの問題に関して、その対策の一つとして学校側がいじめる子を「出席停止処分」にしたらという議論が出ています。
もちろん、緊急対策としてけがや自殺を防ぐために必要な場合もあると思います。しかし、前述したようにいじめる側といじめられる側をはっきりと分けることができるでしょうか。テレビや新聞などが報じる子どもたちの言葉は、勧善懲悪的な対策が無効であることを感じさせます。いじめに関わった多くの子どもたちが「いじめに回らなければ、自分がいじめられる」と語っています。いじめる側はいじめられる側でもあるということです。いじめながらその状況に苦しみ、心に傷を負っている子がたくさんいます。
ここであらためてAの絵とBの絵を見比べてみて下さい。空から落ちてきそうな岩のような雲の形のそっくりなこと。2人は同じような心理状態に置かれていたのです。いじめの状況の中では、いじめる子もいじめられる子も追いつめられていることに代わりありません。
親、教師、地域……。そこにいる大人たちは、どうやったら子ども1人ひとりの心とつながっていけるのか。立ち止まって必死に感じ、考える以外に、もはや子どもとつながる行動は生まれてこないかもしれません。
私は「世界子どもクレヨン基金」というボランティア団体を設立した時に、その活動の一環として、いじめで苦しんでいる子どもはもちろん、いじめに関わっている側の子どもたちの心のケアも必要だと考えました。もちろん、子どもたちの大好きなお絵描きを通じて心を癒していく方法です。
いじめ問題で辛い思いをしているお子さんが近くにいらしたら画材を提供しますし、必要なら絵を描きながら話し合ったりする場作りのお手伝いもします。また、そのような状況にいるお子さんが描いた絵などがあれば、この毎日新聞「こころの世紀」宛てにお送り下さい。コメントやアドバイスを差し上げます。
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「子どものアトリエ・アートランド」主宰、色彩心理研究家 末永蒼生
1944年東京都生まれ。美術集団「グループ視覚」で、60~70年代のアートシーンに関わる。かたわら、自由表現の場「子どものアトリエ」を開き、色彩心理研究を始める。99年、米ホノルル大で心理博士号取得。講座「色彩学校」を主宰。その受講生が阪神大震災の後、現地の子供たちに行なった絵による心のケアは、アートセラピーへの関心を集めた。著書は「自分力を高める色彩心理レッスン」(ナツメ社・新刊)、「心を癒す魔法の色彩力」(主婦と生活社)など。
【絵を募集します】「こころのページ」では、色彩心理研究家・末永蒼生さんに、絵を読み解きしてほしい方を募集します。自由な時間に描いた絵の写真を、お寄せください。寄せられた絵の一部は、末永さんのメッセージとともに「こころの世紀」で公表いたします。デジタル画像は、kokoro@mbx.mainichi.co.jpへ送ってください。プリント写真の場合は、〒100-8051東京都千代田区一ツ橋1-1-1毎日新聞社デジタルメディア局「こころのページ」担当へ。電話番号、年齢、性別、気になる状況や様子を添えてください。匿名を希望する場合はお知らせください。
ハート&カラー
http://www.heart-color.com/
世界子どもクレヨン基金
http://www.shikisaigakuen.com/crayon/top.html
絵の読み解きの連絡先
2007年3月15日