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「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

【正論】元沖縄担当首相補佐官・岡本行夫 なんのための教科書修正か

正論|論説|Sankei WEB


 ■歴史をどんな主観で語るかが焦点に

 ≪慰安婦問題の争点は何か≫

 故堀米庸三東京大学名誉教授は、歴史というものはばらばらの事実を年代順に並べることではなく、現在の人間が主観的な契機をもって過去の史料を取捨選択するものであると40年も前に説かれていた。歴史というものは主観の産物になる宿命にある。例えば慰安婦問題について何万人もの慰安婦の事例すべてを検証することは不可能である。だからそれを一般化して語る時には、解釈者の主観が問われてしまう。慰安婦の境遇に同情しているのか、それとも何万人かの慰安婦は全員が自由意思、つまり金銭目当てだったと言っているのかと。

 慰安婦問題について米下院で審議されている対日謝罪要求決議案。4月末に安倍首相が訪米した際の謝罪姿勢によって事態は沈静化し、決議案成立はおぼつかない状況になっていた。しかし日本人有志が事実関係について反論する全面広告をワシントン・ポスト紙に出した途端、決議案採択の機運が燃えあがり、39対2という大差で外交委員会で可決され、下院本会議での成立も確実な状況になった。正しい意見の広告だったはずなのに何故なのか。それは、この決議案に関しては、すでに事実関係が争点ではなくなっているからである。過去の事象をどのような主観をもって日本人が提示しようとしているかに焦点があたっているからである。

 ≪沖縄の歴史の大局的流れ≫

 沖縄の教科書検定問題も似たところがある。軍の集団自決命令はあったのか。現代史について優れた業績を残されている秦郁彦氏が、軍による自決命令はなかった、情緒過剰の報道は慎めと本欄で説かれた主旨に異論はない。

 しかし、一方で、沖縄が本土防衛のために「全島要塞(ようさい)化」されて凄惨(せいさん)きわまりない状況に置かれ、住民の死傷者が戦闘員を上回った歴史は存在する。私は60回を超えた沖縄行きを通じて戦時中の話を聞く機会も多かった。住民たちが日本軍に殺された話も、沖縄の至るところに残っている。残念ながら自衛隊員に対する反感が沖縄県民のあいだに今も根強いのは、そうした背景のためである。

 誰の命令か発意かは別にして、痛ましい集団自決があったのも渡嘉敷、慶良間だけではない。たとえば、戦争中に特に激しい米軍の攻撃を受けた伊江島では、島に残った住民3000人の半数が死んだ。軍によって米軍への投降を厳しく戒められていた島民たちの中には、絶望的な状況下で手榴弾(しゅりゅうだん)や爆雷を囲んで集団自決していった人々も少なくない。

 沖縄の悲劇は、戦時中の被害ばかりではなく、戦後も同県が不公平な立場に置かれてきたことにある。本土が高度成長していた時代に沖縄は占領下で閉塞(へいそく)状況におかれ、1972年の本土復帰後も米軍基地の重圧にあえいできた。面積にして米軍基地の75%が、日本全体の0・6%の面積しかない沖縄にいまなお集中している。日本政府が、本土にある米軍基地の過半をアメリカから返還させたのに、沖縄の米軍基地には手をつけなかったためである。重要なのは、こうした大局的な歴史の流れである。

 ≪事実関係が問題ではない≫

 そもそも、私にも「軍命令による集団自決」は、教科書にわざわざ書くほどの事象だったのかという疑念はある。しかし、既に書かれていた教科書の記述を、論争のある時に修正することは、「軍の関与はなかった」とする史観を新たに採択した意味を持つ。否定できない犠牲の歴史が沖縄にある時に、修正しなければならないほど重大な過誤が従来の記述にあったのか。歴史とは事実の羅列ではない。それを通じて生まれてくる主観である。

 原爆投下の歴史的意義を個人がどう判断しようと思想の自由である。しかし公的立場の防衛相がこれを「しようがない」と述べることは、日本政府の基本政策に背馳(はいち)するばかりでなく、今も苦しむ原爆被災者の感情から、許されることではなかった。

 今年は憂鬱(ゆううつ)な年である。秋以降には米国で製作された映画「南京」が劇場公開され、さらにインターネットで世界中に配信される。アメリカの民間人が南京市民を日本軍の暴虐から救う「英雄物語」だが、観客の反応は目に見える。南京事件の実態については、犠牲者を数万人とみる秦氏の著作が最も客観性があるように思われるが、それとて、もはや数字の問題ではなくなってきている。日本人からの反論は当然あるが、歴史をどのような主観をもって語っていると他人にとられるか、これが問題の核心であることに留意しなければならない。(おかもと ゆきお)

(2007/07/23 05:04)
by miya-neta | 2007-07-23 05:04 | 政 治