「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

【塩爺のよく聞いてください】元財務相・塩川正十郎

MSN産経ニュース


2008.4.17 03:07

b0067585_11121482.jpg  ■「後期」とは社会の「別枠」か

 サクラ満開の今月6日、東洋大学の入学式が日本武道館で行われた。総長として約7500人の新入生を迎えた私は3分間の祝辞の中で、これからの日本を背負って立つ若者たちに訴えかけた。

 「まず親と先生に感謝しなさい。そして受験勉強が終わったからといって遊んだらあかん。これから社会に出るんやから、もっともっと勉強せなあかん」と。

 最初、新入生たちは「おっさん、何やら怒っとるなあ~」と思って聞いていたかもしれないが、そうハッパをかけたら一様にしゃきっとした。毎年のこととはいえ、すがすがしい気分に浸れる。

 しかし入学式の風景を見るにつけ、「甘ったれ」が年を追うごとに多くなってきていると思えてならない。東洋大だけに限ったことではなかろうが、両親や祖父母と一緒に式に臨む新入生が格段に増えている。晴れの舞台を親御さんと祝うことを決して揶揄(やゆ)するわけではない。近年、社会問題化している一人っ子や少子化現象を象徴しているのだろう。親は子がかわいくてしょうがないし、子もなかなか乳離れできない。

 そう思い巡らしていた折も折。日本の政治からぬくもりが消えたと実感させられる出来事があった。東大阪市内の自宅に「後期高齢者医療制度」の通知が役所から郵送されてきた。私は昭和21年の復員後から60余年、86歳の今日まで無我夢中で働き、懸命に人生を歩んできたつもりだ。しかし、その紙切れは私の人生を否定するものでしかなかった。

 世間や社会の「別枠」「邪魔者」になってしまったのか…。例えようのない寂しさ、悲しさに襲われた。新制度の対象とされた75歳以上の人々のだれもがそうであろう。先日も大阪から東京に向かう新幹線の中で見知らぬ高齢の男性から「わしらはもう死ねということですか」と涙目で訴えかけられた。私は「国が間違っとる」と返すのがやっとだった。

 福田康夫首相は「長寿社会の実現」を唱えてはいるが、いまの政治家や官僚は本当に庶民の生活の実態をみているのだろうか。後期高齢者医療制度は老人の医療負担を増やすだけでない。高齢の親を扶養するという伝統的な家族の絆(きずな)を壊すばかりか、夫婦の間にも水臭さを持ち込みかねない。昔の政治をすべて了とする気はないが、いまの政治は四角四面そのものだ。

 銀行や証券会社など金融機関の窓口に行けばよく分かる。「本人の証明書を出せや、あの書類を出せや」と面倒臭いことばかり言う。「消費者保護」の美名のもと不利益を被りかねない人を救済したり、悪いことをたくらむ輩(やから)の行為を阻止したりと、一部の人間のために大部分の人が窮屈な統制を強いられているのである。

 国民の財産に少しでも被害が出たら行政の責任にされるがゆえに役人は責任逃れに憂き身をやつし、役人におんぶにだっこの政治家も彼らに踊らされている。マスコミも過剰報道に走っている。

 いま政府が経済成長を押し上げ儲(もう)けることを考えれば、高齢者の医療費負担を軽くすることができる。国家として福祉財源を稼ぐ努力をしてほしい。今回の後期高齢者医療制度は財政上の都合ばかり優先され、人間味が欠けている。国がちゃんと仕事すれば、若者も老人ももっともっと元気になる。(しおかわ・まさじゅうろう)
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by miya-neta | 2008-04-17 03:07 | 政 治