「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

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by miya-neta | 2005-02-28 16:17 | 芸 能

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by miya-neta | 2005-02-28 10:05 | 経 済
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 ライブドアによるニッポン放送株式の取得をめぐっては、ニッポン放送側が新株予約権を使った増資を行い、ライブドアが法廷闘争に踏み切るなど相変わらず混沌とした状況が続いている。ここで基本的なことを考えたい。つまり「放送はライフライン」という認識だ。ライフラインならば、簡単にマネーゲームの対象とすることは許されないと思うし、外資規制についても課していく必要があるだろう。今回は「放送はライフライン」という視点から“騒動”を見てみたい。【西  正】

■■ライフラインとマネーゲーム

 地上波放送の場合には、ラジオ、テレビを問わず、水道、電気、ガスなどと同様に、国民のライフラインを担っている。このこと自体に異論がある人は少ないだろう。つまり「安定的な供給」が担保されなければならない。そのことから、資本主義社会であるとは言っても、国民のライフラインに係る部分については、経済合理性だけで対処して良いはずはないし、容易に参入や撤退を認めるわけにはいかない。

 ライブドアの堀江社長が色々な場で、今回の一連のやり取りについて、旧態然としたものを感じ、それに対する不満も述べている。しかし、その脳裏には果たして、「放送産業はライフライン」との認識はあるのであろうか。単なるエンターテイメントの提供媒体であると考えているとしたら、それは大まちがいであると指摘されざるを得ないだろう。ご本人は「マネーゲームとは思っていない」と言っているのかもしれないが、放送産業の公共性について、どのように考えているかを表す発言はほとんど聞こえてこない。

 盛んに口にしている「ビジネス上のシナジー」についても具体的なイメージは伝わってこない。それすら見えてこないことからしても、あまり公共性についての認識を持っているとは考えにくいのである。

 議論があくまでマネーゲームという視点からしか論じられないが「放送本来のあり方」という意味では、この問題は単純に、ライブドアと、ニッポン放送、フジテレビの三者間の問題ではなく日本の放送事業全般にわたる重大な問題であると言えよう。

 ところが、非常に残念なことではあるが、フジテレビ以外の民放テレビ局には、あまり当事者意識が感じられないばかりか、むしろ視聴率を取るための格好の材料としているように思われる。

 国民的な関心事にまで発展している以上、ライブドア問題についての報道が多く放送されることは当然のことである。それを「視聴率稼ぎ」と非難することは適当ではない。また、当事者として位置づけられてしまっているフジテレビが、本件についての報道を控えているのは、公正さを維持するという見地からは正しい姿勢であると思われる。

 とは言え、さすがに首を傾げざるを得ないのは、他局がバラエティー番組のゲストとして、堀江氏を招き、同氏がそれに出演していることだ。今の段階では、放送局にとって、この問題がバラエティー番組のネタとして、視聴者の笑いを誘うような採り上げ方がなされるべきであるとは思えない。確かに、商法上の問題も絡んでいるため、ニュースなどで報道されているものを見ているだけでは、一般の視聴者からは分かりにくいという声も寄せられるかもしれない。そうした要望が多いということで、それにも応えたいというのなら、もう少し分かり易い説明を加えた番組を放送すればよいだけの話なのであって、何もバラエティー番組の中でのお笑いネタとして伝える必要はないはずだ。

 「視聴率稼ぎ」としか思えない形で、今回の問題を採り上げているようでは、それこそ放送事業の公共性などと言ってみても、何の説得力も持たなくなってしまう。他の民放局にとっても、決して他人事ではないという自覚が必要だろう。

 普段から経済番組のコメンテーターとしてテレビ出演している「自称」エコノミストの方にも、明らかに専門外の分野にはコメントを控えるだけのプロ意識を持ってほしい。財政からメディアまで幅広い見識をお持ちならともかく、今回のような件でも聞きかじりでコメントしている姿を見ると、ご専門の分野についての見識まで怪しく見えてしまうので、出演を控えてもらうべきだと思われる。

 また、ライブドアの堀江社長としても、今回の投資はマネーゲームではないというのなら、もう少し出演する番組を選ぶべきである。プロ野球への参入を表明した時とは違い、予想以上に世論の味方が得られないことに困惑しているのは分かるが、だからと言って、バラエティー番組の中でお笑いネタとして、今回の一連の行動を説明するのは、あまり適当な方法であるとは思えない。投資金額の大きさと、テレビ画面から伝わってくるパフォーマンスの軽さに、ギャップを感じている視聴者も多いのではなかろうか。マネーゲームであると評されてしまうのも、その辺りに理由があるのかもしれないということだ。

■■見えない「シナジー」

 堀江社長の説明として繰り返し使われている「シナジー」という言葉には、相変わらず中身も意味も見えてこない。

 ライブドアの本当の狙いはフジサンケイグループ全体との業務提携なのかもしれないが、最初に資本参加した相手はニッポン放送である。そして、ニッポン放送の株式を売り抜くつもりはなく、長期保有していく方針も打ち出されている。

 マネーゲームではないと言う以上は、ニッポン放送とのシナジーも検討されているはずである。ホームページを魅力的にするというような理由では、投下資本の大きさを説明することはできない。何よりも知りたいのは、肝心の堀江社長はニッポン放送の番組を聴いているのだろうかということである。

 「命がけ」で業務提携を希望するというのなら、その相手がどのような放送番組を流しているのかといったことを知らないでは済まされないはずである。ラジオというメディアは、音声だけが表現手段であると限られているだけに、映像を伴うテレビ放送以上に、一つ一つの言葉が豊富な表現力を有している。

 テレビ放送の番組によっては、高齢者が見ていると疲れてしまうようなものも見られるせいか、ラジオの人気は地道に根強いものがある。そのことは、ローカルエリアにおいて、特に強く感じられることである。

 広告収入の数字だけを見て、テレビ新聞に劣るということで、ラジオの媒体力を侮るようなことは許されることではない。ニッポン放送の株式を取得することによりフジテレビへの関与を希望していたのが、それが上手く行きそうもないということで、ニッポン放送との提携に固執しているのであれば、それは多くのラジオ・ファンの気持ちを裏切ることになりかねない。

 ラジオは3月に放送80周年を迎える。ある意味では、非常に歴史のあるメディアである。それとネットとの融合というのであれば、具体的なイメージを示すことを忘れないでほしい。ラジオ新時代を迎える契機となるならば、ライブドアの提案は間違っていなかったことになる。そろそろ「シナジー」についても具体的に明かすべきだろう。

 確かに株式の持合いを通じたニッポン放送とフジテレビの親子関係は、不自然なものであったかもしれないが、メディアとしての先輩であるラジオの活性化については、フジテレビ以上に発揮してみたらどうか。フジテレビにライブドアの真価を見せるとしたら、外資から調達した資本力を使うのではなく、新規参入者ならではの既存の常識に捉われないアイデアこそが腕の見せ所のはずである。

 それが出来ないのならば、軽妙な口調を使って、テレビの視聴者に言い訳がましい説明をすることはやめるべきだ。失敗を失敗として認めないことは、傷を深くするだけであり、自社の株主に迷惑をかけることにしかならない。

■■外資規制についてどう考えるべきか

 ライブドアがニッポン放送の株式を大量取得した資金源としては、外資のリーマンブラザーズ証券が背後にいることは明らかになっている。

 日本の放送メディアについては、諸外国と同様に外資規制が課されており、20%が上限となっている。直接投資は規制されているが、今回のケースのように間接的に投資しているケースの対処についても検討を迫られている。

 メディアに対する外資規制は先進国でも当たり前のことである。水道、電気、ガスと同様、国民のライフラインとなる事業を外資に任せる国はない。また、国家としての領空権や領海権の考え方があるのと同じく、国民の資産である電波についても、あくまで主権を持つ国家として制御するのは当たり前のことである。徒に規制緩和を是とすることなど、有り得ない分野である。

 間接保有ということになると、どこまでを規制対象にすべきかを決めることは簡単ではない。しかし、規制すべきものである以上は、簡単でなかろうと、それを線引きしていくことが政策サイドの任務である。いずれ必要な議論であったことでもあり、発端が今回のケースであったということでも構わないと思われる。そもそも間接保有を認めてしまうと、直接保有を規制する意味が失われかねない。昨年の末に、放送局の株式を第三者名義で保有することが問題になったのと、同じ考え方をすべきだと理解すれば、それほど大きな議論を必要するとは思えない。

 言論の自由や表現の自由に対して、規制が課せられることは大いに警戒すべきだが、言論の偏重を避けるという趣旨からしても、外資規制については、直接、間接の区別をする意味はないと思われる。

 ニッポン放送が大量の新株予約権をフジテレビに与えたことで、ライブドア問題は新展開を迎えることになりそうだ。ライブドアは勝つのか、負けるのか。本当に重要な課題は、そのような勝ち負けの行方を見極めることではなく、これを機に、これまで手付かずのままできた放送事業をめぐる諸問題に、再度、入念な検討を加えることにあるのではなかろうか。

 2005年2月24日
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by miya-neta | 2005-02-28 07:45 | メディア
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 ライブドアがニッポン放送の株式を取得したことにより、放送業界との新たな提携の形を模索する姿を見せられることになった。とは言え、いかに技術進歩のスピードが速まろうと、ビジネスの世界にもマナーというものがある。その点が見落とされているように感じてならない。【西  正】

■■本当は何をしたいのか

 フジテレビとニッポン放送の親子関係が不自然であることは以前から指摘されていた通りであり、それを是正することを目的としてTOB(株式公開買い付け)が進められていたわけである。TOBという手段を選んだということは、周知の事実として、親子関係の是正を図っていたということである。そのニッポン放送の株式を35%取得したとして、ライブドアが名乗りを挙げたことは、フジテレビ側にとっては突然の知らせであり、その真意を推し測る限りあまりウエルカムなことではなかったと思われる。

 民放キー局の中でもフジテレビの業績が好調であることは、衆人の認めるところである。今後の将来性も非常に期待し得ることもよく分かる。それだけに、新たに放送事業に関与するのであれば、パートナーとしてフジテレビを選択することは間違えているとは言えない。また、フジテレビからニッポン放送へのTOBが完了する前に、ニッポン放送の株式を取得することがフジテレビとの関係を強める早道であることも明らかだ。

 そうであるのなら、そうであると言えばよいのである。しかしながら、ニッポン放送の株式の35%を取得したと、いきなりの発表をしたライブドアの堀江貴文社長の会見内容からは、その目的を察することは難しかった。「ラジオとネットの融合」と言われても、すぐにはピンと来ないし、簡単には理解し得るものではなかった。放送局のホームページをより魅力的なものにしたいという発言も、そのために投じた資金量との兼合いからすれば、理解に苦しむものであったと言わざるを得ない。フジテレビの事業に関与したいのであれば、名前を言い間違えたかのように伝えるのではなく、堂々とそう言えばよかったのではなかろうか。

 若くしてIT業界で成功した手腕は評価されて然るべきかもしれないが、新たにパートナーを組もうとか、お互いのシナジーを形成しようというのなら、あのような突然の挨拶から入ることが相手方から無礼であると受け止められるのは当然のことである。

 外資系の金融機関から多額の資金を調達したということで、その返済についても念頭に置いておかねばならないことから、「命がけ」であるといった表現が使われた会見もあった。「命がけ」も自分の命だけなら結構だが、ライブドアが公開企業である以上、マーケットで多くの株主からの投資を得ていることを忘れてしまわれては困る。株主の了解については、どのように考えていたのであろうか。簡単に「命」をかけるなどと言われたら、株主にとっては迷惑この上ない話である。

 ニッポン放送の株式を取得した理由として、シナジーという言葉を連発していた。この場合のシナジーとは何を指すのか。「命がけ」である割には、非常に不明瞭な印象しか受けなかったのが残念である。

 「放送と通信の融合」という言葉が一人歩きして久しいが、既存の多くの事業者がシナジーの発揮の糸口を見つけるのに苦労している。新たな事業を生業とする若き経営者には突破口が見えたということなのだろうか。それには大いに期待したいところだが、今のところ具体的なイメージは見出せずにいるように思われる。

 シナジーというのなら、自分の事業についてだけでなく、相手方の事業についても十分に学習しておく必要があるのは当然のことだ。ニッポン放送もフジテレビも放送局である。ラジオにはラジオの、テレビにはテレビの、それぞれの作品がある。実際にどのような番組にシナジーのヒントを得たのだろうか。ご自分がバラエティー番組に出演しているのは分かるが、シナジーを語るのであれば、経営サイドからの視点が欠かせない。番組出演とは何の関係もないことである。

 今回の参入のために800億円もの資金を調達したのであれば、それが生み出す果実についてのプランが無いということでは済まされない。結果として高騰した株式を売りぬくためではないと言う。それなら長期保有の目的を明らかにすべきである。それが企業秘密であるというのなら、軽々にシナジーなどと言うべきではなかろう。

■■米国型のメディアビジネスとの違い

 放送局に対して「資本の論理」で参画を申し出てはいけないという法はない。マスメディア集中排除規制も、マスメディア同士の問題であるから、外資でない限り株式の保有制限も無い。

 また、米国のメディア市場の動向を見る限りでは、放送事業についても他の一般事業と同様に、M&Aは活発に行われている。放送事業だからといって、何の特別扱いも無い。日本と異なる点として、放送事業とは別の存在として、多くの作品を世に送り出すハリウッドのメジャースタジオ各社がある。こちらについても、M&Aが行われることは決して珍しいことではない。

 ただ、日本的なビジネス慣行が古めかしいとか、そうでないとかという議論とは別問題として、フジテレビがTOBを行っていることを知っていながら、それを阻止するような資本の使い方をすることは、妙に中途半端なM&Aであり、そうであるが故に米国型のモデルとも違うように思われる。

 米国のメディアビジネスとの大きな違いの一つは、日本の場合には地上波放送の比重が、他の放送事業と比べて非常に大きいということである。NHKはもちろんのこと、民放としても法の縛りがあるか否かとは別次元の問題として、ユニバーサルサービスを志向している。その理由として、電波が公共の資源であるとの考え方があり、地上波放送はライフラインの一翼を担う公共性の高い事業として認識されている。

 米国のようにメディアが多様化している状況とは異なるわけであり、日本の地上波放送は単なる営利目的事業ではない。それだけに、資本の論理で軽々に参加してくることは不適切であり、参加の目的が単なるエンターテイメント・ビジネスへの関与ということならば、放送業界から受け入れられにくいこともやむを得ないのではなかろうか。公共性の高い事業であることについて、どの程度まで認識していたのかが疑問視されるところである。

 もう一つの大きな違いは、間接的な資本参加により、フジテレビの放送している作品をIP系で使おうとしても、フジテレビだけでは決められないという事情がある。ネット事業に優良なコンテンツが不足していることは確かである。フジテレビに限らず放送局の持つ作品を使いたいという気持ちもよく分かる。

 しかし、フジテレビへの何らかの経営関与が果たせたとしても、それだけでフジテレビの作品をIPベースで使うことは出来ない。そこが米国との違いである。日本の作品の場合は、放送利用以外の部分については別途著作権処理が必要になる。著作権者および著作隣接権者の了解を得ないことには、通信系などで利用することは許されない。米国の場合には、ゼネラルプロデューサー(GP)制度が定着しており、GPが著作権処理を一手に行うことが出来るようになっている。そのため、GPとの話し合いさえ付けば、その後の多メディア展開は非常にスムーズに運ぶ形になっている。

 同じく放送事業、映像作品事業といっても、日米ではその事情が大きく異なるため、日本の放送事業への関与を望むのなら、いきなり米国型の資本の論理に物を言わせても、その目的を果たすことは出来ないのである。

 ソフトバンク系のBBTVや、KDDIの光プラスTV、ジュピター系のオンラインティーヴィといった大手のIP放送事業者が既にビジネス展開を始めており、地上波系の作品を取り扱うことを熱望しているが、なかなか簡単な話でないことは十分に実感しているはずである。それだけに、ライブドアが800億円もの資金を調達したのはいいが、それを返済するためのキャッシュフローを生み出すために、どのようなビジネスモデルを描いているのかが見えてこない。

 ライブドアの時価総額は別として、現在の事業規模を考えると、800億円もの資金調達はあまりに過大に見える。ニッポン放送とのアライアンスだけでは、どのようなシナジーを実現したところで、調達額に見合った規模の拡大は想像できない。

 フジテレビにとってニッポン放送というラジオ局が、グループ力を生かしていくために必要不可欠な存在であるとも思えない。極論を言ってしまえば、ニッポン放送に独立して事業を行われることになっても、決して困らないとすら言える。

 ライブドアが本当に欲しかったものは、フジテレビを中核とするフジサンケイグループとの協調体制を得ることであったことは間違いあるまい。しかし、日本の放送業界にとって、資本の論理で突然に参加してくるようなスタイルは非常に不慣れな形となっている。業界体質が古いなどと言ってみたところで何も始まらない。「それも知らずに参入するつもりだったのですか?」と問い返されてしまうだけであろう。

 「放送と通信の融合」は言葉だけが一人歩きしていると述べたが、そうは言っても技術革新の成果として少しずつ実現していくであろうことも予想される。NHKに続いて、民放各社も権利処理の行えた作品については、VODコンテンツとして提供していく予定であると聞いている。

 あまりに日本的と言えば、日本的な話かもしれないが、やはり一緒にビジネスを行っていこうと提携を持ちかけるのであれば、まずは名刺交換をして、お互いの顔となりを理解してから、「それでは」と言って始まるものなのではなかろうか。いきなり資本を注入してくるような手法が好まれないことは、あまりにも明らかである。むしろ、そういった手法を用いて参入していくこと自体が、結果として、放送と通信の融合を妨げることにしかならないとさえ言えるのではなかろうか。

ライブドア
http://www.livedoor.com/

ニッポン放送
http://www.jolf.co.jp/

 2005年2月16日
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by miya-neta | 2005-02-28 07:44 | メディア
MSN-Mainichi INTERACTIVE カバーストーリー


 ニッポン放送株の争奪戦は24日、ライブドアがニッポン放送のフジテレビジョンに対する新株予約権の発行差し止めを求める仮処分を東京地裁に申請したことで、法廷闘争に移った。ライブドアは、商法が禁じる「不公正発行にあたる」としており、発行目的が「経営権の維持」にあるか、また発行価格がフジに有利なものかどうかが、大きな争点になる。今後の展開を占った。

 ◇企業価値か株主重視か

 「目的が現経営陣の支配権維持の場合、違法になる場合があると考える」。24日の衆院予算委員会で、南野知恵子法相は新株予約権について、一般論としながら問題がある可能性を指摘した。新株予約権の発行など敵対的買収への対抗策である“ポイズン・ピル”をめぐる司法判断は国内で前例がない。商法は株主に不利益を与える「不公正発行」を禁じているが、地裁審理ではフジに割り当てる新株予約権がこれに当たるかどうかが焦点となり、法曹界や証券業界は「今回の判断がモデルケースになる」と注目している。

 企業の新株発行は、資金調達が主要目的でなければならないとする解釈が通説。かつて、スーパー、いなげやと忠実屋が計画した第三者割当増資が、「経営権の維持が目的」として差し止められた例もある。ニッポン放送の亀渕昭信社長は新株予約権発行の目的を「フジサンケイグループに残るという決意表明」と断言した。このため、「現経営陣が自らの地位を確保するため新株予約権を発行したととられかねない」(近藤光男・神戸大教授=商法)との指摘が出ている。

 ただ、企業防衛を目的とした発行を「不公正」とした判例は、あくまで「新株」についてのもの。会社法に詳しい高田剛弁護士は「新株と新株予約権は本質的に異なる。(同様の株式購入権である)ストックオプションが従業員にインセンティブを与えることが目的であるように、新株予約権の目的は資金調達に限定されない」と話す。新株予約権の発行が、ニッポン放送の主張のように「企業価値を高める」目的と認定される可能性もある。

 この場合、ニッポン放送がライブドア傘下に入ると本当に企業価値が大幅に低下するのかが焦点になる。ニッポン放送は、「ライブドア傘下になれば、フジサンケイグループ各社から取引を中止される」ことを理由の一つに挙げた。神田秀樹・東大法学部教授(商法)は「(フジとの関係を維持するという)取締役会の判断が合理的だったかどうかに尽きる」とみている。

 一方、ニッポン放送がフジへの新株予約権で設定した当初価格は1株当たり5950円(予約権の価格を加えると同6286円)で、ライブドアは仮処分の申請理由で「フジに有利な発行価格」と指摘している。商法上、「有利発行」には株主総会で3分の2以上の賛成が必要だが、ニッポン放送は取締役会だけで決めた。地裁審理では、市場価格(23日の終値は6800円)より安いことが一般株主の利益を損なわないか、などといった点が「不公正発行」かどうかを判断するポイントになるとみられる。

 また、フジ側はライブドアが時間外取引でニッポン放送株を大量取得した手法を「TOB(株式の公開買い付け)の趣旨に反し、違法の疑いもある」と主張している。このため、「ライブドアがTOBをしなかった点も含めて全体的に判断されるのではないか」(神田教授)との見方もある。

 ◇来月24日にらみ判断か

 仮処分申請後の手続きは民事保全法に定められ、「10日前後で決定が出る場合もある」(企業法務に詳しい弁護士)。田中真紀子元外相の長女の記事をめぐる週刊文春販売差し止め申し立てでは、長女側が申し立てたその日に差し止めを認める決定が出た。今回のケースでは、「ニッポン放送が予約権を発行する3月24日をにらんで、地裁、高裁が早期に判断する可能性が高い」(裁判所関係者)とみられる。

 ライブドアの差し止め請求が認められないと、フジ側が圧倒的に優位に立つ。4720万株の新株予約権がフジに割り当てられ、フジは保有比率が最低でも過半数になるように予約権を行使するとみられる。この結果、ライブドアの持ち株は3分の1以下になり、株主総会での特別決議への拒否権も失う。

 この場合、ライブドアは高裁に即時抗告でき、最高裁まで争える。さらに発行無効の確認を求めて本訴も起こせるが、3月24日にニッポン放送が新株予約権を発行してしまえば、既成事実化する可能性が高い。

 差し止めが認められ、高裁、最高裁でも決定が覆らなければ、ライブドアが筆頭株主のまま6月の株主総会を迎える。このケースでは、株主総会の株主名簿を確定させる基準日の3月末までに、フジとライブドアがどれだけの議決権を獲得するかが重要になる。ライブドアが議決権の過半数を握れば、経営陣の総入れ替えなどでニッポン放送を傘下に収めることができる。

 ◇仮処分申請に費用はいくらかかるのか

 仮処分手続きに必要な費用は印紙代だけだが、仮処分で差し止め命令が出る場合、ライブドア側は保証金の供託を求められる可能性が高い。差し止めが認められた後に本訴で逆転判決が出た場合、損害賠償の担保として必要となるからだ。

 保証金は通常、損害額の3割程度とされる。フジが新株予約権をすべて行使した場合、ニッポン放送への払込総額は2808億円。裁判所が、どの程度をニッポン放送の損害額と認め、ライブドアに何割の保証金を求めるか。差し止め命令が出る場合はこの点に関する判断も注目される。(Mainichi Shimbun)

ニッポン放送

フジテレビ
ライブドア



 2005年2月25日
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by miya-neta | 2005-02-28 07:43 | メディア
MSN-Mainichi INTERACTIVE こころの世紀


 大阪教育大学付属池田小学校で発生した小学生連続殺傷事件は、世間一般にも、精神医学会にも巨大な波紋を残した。

 1997年、神戸市の郊外団地で発生したいわゆる「少年A」の殺傷事件は、現代日本の家族の中で何が生じているかについての議論を導くかに見えたのだが、2001年6月8日に宅間守という男が池田小学校に侵入し、刃物をふるって8人の学童(おもに小学2年生)を刺殺し、教師を含む15人を傷つけると、家族についての議論はぴたりと止まり、「頭がおかしくて危ない人」をどう閉じこめるか、という議論へと移行した。

 こちらの方は、ライシャワー大使刺傷事件を含めて何度も繰り返されては空転してきた話題なのだが、今回に限っては着々と論議が進み、ついに「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(略称、医療観察法)の成立(2003年)というところまで行ってしまった。

 この法律でワリを食うのは、地域で暮らしたい精神障害者なのだが、彼らはふつうの人(根拠なく自分の頭は正常と信じている人)以上に危険なわけではない。

 一方、この法律が成立して喜んだのは、天下り先が出来た官僚たちと、私立精神病院の院長たちである。後者はかねがね「厄介で危険な患者は公立機関で診てくれ」と要望しており、それが実現される好機と踏んだ日本精神病院協会は、自民党に献金までしてこの法律の通過を支持した。ひとたび法案が成立すると、我々はその効果的な運用に努めようと努力してしまう。しかし、考えなければならないことがある。

 宅間の犯行に絡んだ議論の中には「詐病(malingering)」という「診断」についての実のある議論さえなかったではないか。

 「詐病」と「虚偽性障害(factitious disorder)」とを区別して鑑別するようになっているが、これはいま信じられているほど簡単なものではない。虚偽性障害には外的誘因(社会的利害)がない、詐病ではそれが明確にある、ということになっているが、「代理による虚偽性障害」(我が子である乳幼児を作為的に発熱させて、緊急入院させる一種の児童虐待)などには、外的誘因と見なさざるを得ない例もある。

 逆に虚偽性障害の証拠とされる「病者の役割を維持しようとする精神内界の欲求」(Quick Reference to the Diagnostic Criteria from DSМ-IV-TR[邦訳・医学書院版]252ページ)が、詐病には決して見られないとも言いきれないのである。

 宅間の場合、1984年から逮捕を免れるという明瞭な外的誘因のために精神障害を装い、犯行の2年前には同じ理由で、統合失調症の診断や精神障害者保健福祉手帳を持つに至った詐病者であることは間違いない。しかし、この詐病癖について、宅間の弁護団は「17歳で初めて精神科の診察を受けた時から認識し、深く悩んだ問題」と指摘していたという(一橋文哉『誰も書けない宅間守の秘密』「新潮45」2003年9月号)から、「病者の役割を維持しようとする精神内界の欲求」が無かったともいいきれないのである。彼は「ワシのような人間は刑罰より、一生かかっても仕方ないから精神病院で治療に専念した方がいい」(一橋文哉『同上』)とも言っていたという。

 以上の件が、刑事責任能力の有無とは関係ないことは確かだが、我々、精神科医までがこの鑑別を怠ってはならない。

 なぜなら、今回の「医療観察法」は、詐病をそれと診断できなかった医師たちの無能をきっかけとして、国会を通過したものだからである。医療観察法の対象になるような犯罪者や患者にこそ「詐病」の精密な診断と、その治療プログラムの洗練が必要とされるはずだ。が、そのような検討がなされているとは、私の耳には聞こえてこない。

 言うまでもないことだが、私は「詐病癖」は治療の対象であると思う。2004年末に生じた奈良県の女児誘拐殺人事件の犯人は13年前にも女児を絞殺しようとして逮捕されたが、3年の実刑だけで放置されていた。詐病者も小児性愛者も反復した犯歴(犯行癖)のある者なら長期にわたる治療・観察の対象とすべきで、「医療観察病棟」が彼らにとっての施設になればいいと思う。




■人物略歴 精神科医・斎藤学

 家族機能研究所代表

 1947年東京都生まれ。慶応大医学部卒業、フランス政府給費留学生、国立療養所久里浜病院精神科医長などを経て95年、家族機能研究所を設立。医学博士。アルコール、薬物依存症などの治療方法として、自助グループで語る手法を日本に広めた第一人者。日本嗜癖行動学会理事長、日本子どもの虐待防止研究会理事。著書は「家族の闇をさぐる~現代の親子関係」(小学館)、「男の勘ちがい」(毎日新聞社)など多数。

 2005年2月3日
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by miya-neta | 2005-02-28 07:39 | 科学/技術
MSN-Mainichi INTERACTIVE 女性


 日本テレビ系のバラエティー番組で、女性タレント(18)の窃盗行為をクイズの題材にしていた問題で、警視庁少年事件課がタレントから窃盗容疑で事情聴取していたことが分かった。調べに対し、タレントは容疑を認めているといい、警視庁は児童相談所への通告も含め検討している。

 タレントが窃盗行為を告白したのは15日深夜に放送された「カミングダウト」。出演者が告白した内容の真偽を当てるクイズ形式の番組で、タレントは、「本当の話」として過去に倉庫から商品を段ボールごと盗んだと告白した。

 ホリプロによると、タレントが小学生のころ菓子を万引きした経験を誇張して番組で話したという。同課の調べにタレントは「申し訳ないことをした。大変反省している」と話しているという。

 少年法の規定では、14歳未満は刑事責任は問われないが、同課は、番組関係者などからも事情を聴き、事実関係をさらに詳しく調べている。

 番組放送後、警視庁には「万引きは犯罪。立件しないのはけしからん」などという声が、電子メールだけで200件以上寄せられていた。同庁幹部は「わざわざテレビで話しているものを見過ごすわけにはいかない」と話している。【合田月美】

毎日新聞 2005年2月25日 東京夕刊
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by miya-neta | 2005-02-28 07:35 | 芸 能