「握手は、マニフェストよりも強し」
2009年 06月 22日
2009年6月22日(月)
【第3講】五感に訴える選挙戦術
Author : 森川 友義 【プロフィール】
日本人の挨拶と言えば、お辞儀が一般的です。しかし、政治家であれば握手。選挙の時はもちろん、それ以外の場でも、政治家から握手を求められた経験を持つ有権者は少なくないでしょう。
なぜ政治家は握手が大好きなのでしょう。
肌と肌が触れ合うことで、親近感や安心感が増し、得票につながる――。
よくありそうな説明ですが、何となく納得できるような気がします。欧米で握手が習慣となっているのも、人間同士の摩擦を減少させるからという説もありますし。
人は人を「見た目」「声」で判断
進化政治学者は、握手の効用を遺伝子の観点から分析しています。学者の間で「握手と関係がある」とされているのが、ホルモンの一種であるバソプレシンです。前回取り上げたように、ホルモンの多寡は遺伝的に決まります。このバソプレシンを多く分泌する人は、肌を触れた相手を他人と思えなくなる傾向が強いと考えられています。
ですから、冗談みたいな話ですが、バソプレシンの多い人を狙って握手するというのは、獲得票数を増やすための“高等な”選挙戦術とも言えるわけです。もっともバソプレシンの多い人をどう見極めるかという課題は残りますが・・・。というわけで、政治家は手当たり次第に握手します。質より量、数打てば当たりますから。
逆に、我が国の政治のあり方を本気で考えている有権者であるならば、政治家と握手をしてはいけないとなります。肌が触れた途端に、バソプレシンがドーッと出てきてしまっては、合理的な判断ができなくなりますから。各政党のマニフェストを吟味したうえで投票に臨みたい方は、「握手は厳禁」と頭に入れておいてください。
握手のような「触覚」だけではありません。地球上にヒトが登場した時から備えている感覚は、政治家や有権者の行動に影響を及ぼします。「視覚」「聴覚」「触覚」「味覚」「嗅覚」の五感と進化政治学は、切っても切り離せないのです。
五感のうち、選挙で最も使われているのが視覚です。選挙が始まると、ポスターがいろいろな場所に張られています。次が、街頭演説や政見放送に代表される聴覚でしょう。
「メラビアンの法則」という経験則があります。これは南カリフォルニア大学の心理学者、アルバート・メラビアン博士が、人は相手の何を見て判断するのかを実験したところ、以下のような結果を得ました。
これを選挙に当てはめると、私たちは自分の選挙区の候補者を選ぶ際に、候補者の選挙公約や政策提言などのコンテンツはほとんど意識していないことになります。それよりも、どのぐらい見栄えがするか、どのような声で話しているのかといった「視覚」「聴覚」で判断してしまっているのです。
政治家向きの顔とは?
よく有権者は選挙に当たって、「人物本位で選ぶ」と言います。この人物本位とは、どうやら「見かけ」の部分が相当に大きいと思われます。なんだかんだ言っても、見栄えのよい候補者が当選しているのではないか、顔で選んでいる人が結構いるのではないかという疑念が湧いてきます。
この疑念について、私のゼミの学生だった中島慎一郎君が、卒業論文で興味深いアンケート結果を報告してくれました。彼のテーマは、選挙における視覚的魅力です。もし顔が全く影響を与えていないならば、選挙区100に対して顔のよい方と悪い方が半々という結果になるはずです。
中島君は、自民党と民主党が拮抗している20の選挙区における男性候補者の顔写真を学生に見せて、顔がどのぐらい影響を与えているのかを調べました。この結果、次の2点が分かりました。
(1)顔が「より魅力」と判断された候補者20人のうち、実際には12人が当選し、8人が落選した。
(2)当選するための「顔の魅力」として、重要な要素は3つ
・表情が優しい
・信頼できる
・威厳がある
ハンサムとか、元気とか、若さとかは、必ずしも国会議員に必要とされる顔の要素ではないことも分かりました。
やはり「政治家向き」の顔は存在するようです。優しそうで、信頼できそうで、威厳がありそう。こういう人は当選確率が高いのです。学生に限った調査ですし、統計の有意性も考えなければいけませんが、有権者は顔で選んでいる傾向はありそうだとは言えそうです。
聴覚は、政治家から発せられる声の大きさや速さ、トーンなどが影響します。街頭演説で、一生懸命に熱意を訴えようと叫んでいたり、ひたすら頭を下げてお願いしていたり・・・。様々な候補者がいます。
有効なのは「ユーモア」です。人は笑うと、血液中の免疫細胞が活発になります。例えば、血糖値が低くなったり、胃腸のもたれがなくなったり、実際に健康を体感するケースもあるようです。
だから、笑わせてくれる人は、自分の免疫力を高めてくれる人なのです。人間は利己的な動物であるという話を第1回でしました。この考えに照らし合わせれば、笑わせてくれる人=自分に利益をもたらしてくれる人です。
これが、好意=得票につながらないわけがありません。政治家にとって、ユーモアは有権者に好まれるための資質なのです。
選挙に勝つ香水があってもいい
残るは味覚と嗅覚です。
味覚について言えることは、政治家が有権者と一緒に食事をすることですね。公職選挙法の改正によって、選挙運動等の時(お茶受け程度の菓子や選挙事務所において選挙運動員に対して提供される弁当を除いて)、飲食物の提供はどんな理由であっても一切禁止になっています。そのため、味覚による選挙運動は極端に減少しました。
このように政治家は自分で飲食を提供はしませんが、他方、冠婚葬祭といったような機会をなるべくとらえて、食事の輪に入って自分を売り込んでいるようです。
食事の時間(味覚と嗅覚)では、政治家は握手もするし(触覚)、間近で会話もしますし(視覚と聴覚)、さらにアルコールが入ると口がなめらかになりますので、有権者と良い関係を築くことができます。このように五感すべてを駆使する場所なので、政治家としては票を獲得する絶好の機会ととらえているはずです。
最後に「嗅覚」です。嗅覚に訴える方法は、選挙戦術では未開拓の分野です。でも、女性は匂いに敏感です。候補者が女性の好感度を高めるような香りを漂わせることで、女性票をつかむことができるのではないか。
遠い将来かもしれませんが、「選挙に勝つ香水」が売り出される日が来るのではないかと思っています。ここに大きなビジネスチャンスが潜んでいるかもしれません。