人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

学校と私:努力の大切さを伝えたい=アテネ五輪銀メダリスト・山本博さん

MSN-Mainichi INTERACTIVE 学校と私


学校と私:努力の大切さを伝えたい=アテネ五輪銀メダリスト・山本博さん


 ◇アテネ五輪銀メダリスト(アーチェリー)・山本博さん

 高校生まで横浜で育ちました。アーチェリーと出合ったのは中学生のころ。珍しさから入部しましたが、そのうち周りと同じペースでは満足できなくなり、気づいたら人より多く練習していました。自分の努力・工夫が直接、結果にはね返ってくるところが個人競技の魅力だと思います。

 高校ではインターハイで優勝し、日本体育大学に進学するころにはオリンピックが目標になっていました。同時にアーチェリーを通して学んできたことを若い人に伝えたいという思いから教員の道を志しました。

 赴任先の高校では部の顧問として、自分が30年間で培ってきたものをどう伝えていくか、日々試行錯誤しながらやっています。ほとんどが高校からアーチェリーを始めた子たちに対して、まず初めに教えているのは礼儀です。強ければいいのではないことを伝えていくのは難しいことですが大切だと思います。

 生徒たちの最大の目標であるインターハイに出場できる選手は限られています。最初は誰が活躍するか分かりませんが、結果の出た人間を素直にたたえられる人になってほしいと思っています。人生の経験者として、言葉ではなく競技活動の中でそうしたことを伝えたい。アーチェリーは人間を培う場になり得ると思っています。

 オリンピック出場は5度目でしたが、大会運営にボランティアで参加するさまざまな国の人たちとの交流が毎回の楽しみです。文化の違いなどを直接、感じることは、テレビで見ることとは違うし、外から見ることで日本の良さや日本人である自分を感じられるということを子どもたちに伝えていきたい。

 学校では子どもたちから、相談や悩みを打ち明けられたりすることも少なくありません。時間を惜しまずに聞くことで、一方的な強要にならないように心がけています。オリンピックでは、努力の結果(銀メダル)を子どもたちに見せられたことが何よりうれしかった。このメダルが自分だけでなく、生徒たち一人一人の心に残っていくものにしていきたい。<聞き手・北川仁士>

…………………………………………………………………………

 ■人物略歴

 1962年、横浜市生まれ。日体大3年だった84年ロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得、5回目の出場となった8月のアテネ五輪で20年ぶりのメダル(銀メダル)に輝いた。大宮開成高の保健体育教諭。

毎日新聞 2004年10月18日 東京朝刊
by miya-neta | 2004-11-28 15:39 | 教 育