人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

秋山駿 さん 04-05 文学展望 後編

BOOKアサヒコム | 私の好奇心


2005年01月07日

 前週は、20歳前後の優秀な女性作家が登場してきている昨今の時代的な背景について、秋山駿さんにお話をお伺いしました。そこで、今週は、もう少し作品の内容面についてお聞きしようと思います。例えば、確かに、彼女たちの作品には新しさを感じますが、文体にはそれほど新鮮さを感じません。そうした事情は、どう理解すればいいのでしょうか?

 「もうね、文体という言葉は使わない方がいい。今の作品を理解するのに、文体は脇に置いておかないとだめ。確かに、作家にとって、文体が非常に重要なものであったことは事実です。ひとつの文体で生きた作家には、作家の“顔”があったしね。川端康成とか、ひねくれた顔の永井荷風とか(笑)。そんな、作家が作家らしい顔をしていたのは、「第三の新人」とよばれた安岡章太郎とか吉行淳之介、あとは、三島由紀夫あたりまでじゃないかな。作家を昔から撮ってきたカメラマンも同じようなことをいっているから間違いない。作家らしい顔が失われてきたのは、僕ら「内向の世代」からですよ。後藤明生や黒井千次といった、サラリーマン生活を送ったことがあるひとはやっぱりサラリーマン顔になってる。内向の世代は、それまでの作家は社会のことが描けていないという批判をしながら登場して、自分たちの社会での経験を生かした作品を発表していったわけだから、当然なんだけど。そのあたりから、作家と文体の関係が変化してきたと思う。その後、1980年代あたりから、小説の題材によって、文体を変える人が出てきて、その頃だね、僕が新聞の文芸時評で、もう文体について考えるのはやめた方がいいと思う、って書いたのは」

 「昔の作家は、文体が大事なんだとしつこく言われてきたから、ひとつの文体しか使わず、おのずと書く題材が制限されてしまい、自由に書くことができなかった。今の作家は文体のことをあまりうるさく言われないから、題材にあわせて変えることができる。さらに、文学用語にもとらわれないから、ほんとに自由になった。じゃ、何を気にして書いているのかというと、例えば、若い世代の女性作家は、今のファッションやデザイン、音楽を自分の作品に取り込んでるんです。今のニッポンをリードしてるのは、そっちの方なんだから」

 前回のお話を含めて、秋山さんは、若い作家に対しては、基本的に肯定的な評価をされていますよね?

 「そうなんだけど、さすがに50歳も離れていると、彼女たちの言っていることを素直に受け取れない部分も多いから、ほんとは、僕らの世代と彼女たちの世代の間の中間項となるような30代、40代の作家がもっと登場して、ぼくらと彼女たちをつないで欲しいと思ってるんですよ。そんな中間項に今あてはまる作家は村上春樹ぐらいかな。ただ、彼の新作を読んでみると、少しづつだけど同時代性が失われているように感じますけど。そういう作家は、今は、ミステリーの方にいるかもしれないね。高村薫とか桐野夏生とか。ちゃんと、今のニッポンを切り取れる作家としては」

 秋山さんは、前回、今の日本は、小説を書くにはいい時代になってきているともおっしゃってましたが、具体的には、どんなモチーフのものを読みたいと考えていますか?

 「僕は、自分のテーマとして、郊外とそこに位置する団地というものにこだわってきた。戦後の日本に生まれたそれまでなかった形式の住居が、何かを生み出すのではないかと思ってきたから。そして、これからは、ビルかな、と思っています。巨大なビルは、貴族的なものから闇の世界まで、さまざまなものを飲み込んでいる。ビルとその内側を書けば小説になるのではないか。東京自体が巨大なビルである、という言い方もできるから、東京を舞台にした大小説も可能だと思っています」

 「東京に関してもうひとつお話しましょう。最近、知り合いから、飼っていたペットが死んだから蓼科の別荘にまで行って埋めたっていう話を聞いたんです。今、ペットって、飼い主が“ウチの子”っていうくらいの家族同然の存在だと聞いてはいたから、そんなには驚かなかったんだけど、ただ、いくら大事だからって、自宅に庭があるのになんでわざわざ蓼科まで行くのかって聞いたわけ。そしたら、その知り合いの家は、新井薬師にあるんだけど、庭の土の下はコンクリートになってるっていうんです。だから、死んでも土にかえることはできないし、掘り返される可能性もあると。おちおち、死んでいられない。だから、蓼科に埋めるんだと。都内でも、今は、深大寺あたりまで、土の下はコンクリートなんだってね。東京ってさ、そういうところなんだよ。全てを飲み込んでいるんだよね」

 取材・文 / 松岡賢治(編集部)

 ※来週(1月14日)は、美術評論家の中山公男さんが登場します。お楽しみに!
by miya-neta | 2005-01-09 10:35 | 社 会