第13回 詐病癖 精神科医・斎藤学
2005年 02月 28日
大阪教育大学付属池田小学校で発生した小学生連続殺傷事件は、世間一般にも、精神医学会にも巨大な波紋を残した。
1997年、神戸市の郊外団地で発生したいわゆる「少年A」の殺傷事件は、現代日本の家族の中で何が生じているかについての議論を導くかに見えたのだが、2001年6月8日に宅間守という男が池田小学校に侵入し、刃物をふるって8人の学童(おもに小学2年生)を刺殺し、教師を含む15人を傷つけると、家族についての議論はぴたりと止まり、「頭がおかしくて危ない人」をどう閉じこめるか、という議論へと移行した。
こちらの方は、ライシャワー大使刺傷事件を含めて何度も繰り返されては空転してきた話題なのだが、今回に限っては着々と論議が進み、ついに「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(略称、医療観察法)の成立(2003年)というところまで行ってしまった。
この法律でワリを食うのは、地域で暮らしたい精神障害者なのだが、彼らはふつうの人(根拠なく自分の頭は正常と信じている人)以上に危険なわけではない。
一方、この法律が成立して喜んだのは、天下り先が出来た官僚たちと、私立精神病院の院長たちである。後者はかねがね「厄介で危険な患者は公立機関で診てくれ」と要望しており、それが実現される好機と踏んだ日本精神病院協会は、自民党に献金までしてこの法律の通過を支持した。ひとたび法案が成立すると、我々はその効果的な運用に努めようと努力してしまう。しかし、考えなければならないことがある。
宅間の犯行に絡んだ議論の中には「詐病(malingering)」という「診断」についての実のある議論さえなかったではないか。
「詐病」と「虚偽性障害(factitious disorder)」とを区別して鑑別するようになっているが、これはいま信じられているほど簡単なものではない。虚偽性障害には外的誘因(社会的利害)がない、詐病ではそれが明確にある、ということになっているが、「代理による虚偽性障害」(我が子である乳幼児を作為的に発熱させて、緊急入院させる一種の児童虐待)などには、外的誘因と見なさざるを得ない例もある。
逆に虚偽性障害の証拠とされる「病者の役割を維持しようとする精神内界の欲求」(Quick Reference to the Diagnostic Criteria from DSМ-IV-TR[邦訳・医学書院版]252ページ)が、詐病には決して見られないとも言いきれないのである。
宅間の場合、1984年から逮捕を免れるという明瞭な外的誘因のために精神障害を装い、犯行の2年前には同じ理由で、統合失調症の診断や精神障害者保健福祉手帳を持つに至った詐病者であることは間違いない。しかし、この詐病癖について、宅間の弁護団は「17歳で初めて精神科の診察を受けた時から認識し、深く悩んだ問題」と指摘していたという(一橋文哉『誰も書けない宅間守の秘密』「新潮45」2003年9月号)から、「病者の役割を維持しようとする精神内界の欲求」が無かったともいいきれないのである。彼は「ワシのような人間は刑罰より、一生かかっても仕方ないから精神病院で治療に専念した方がいい」(一橋文哉『同上』)とも言っていたという。
以上の件が、刑事責任能力の有無とは関係ないことは確かだが、我々、精神科医までがこの鑑別を怠ってはならない。
なぜなら、今回の「医療観察法」は、詐病をそれと診断できなかった医師たちの無能をきっかけとして、国会を通過したものだからである。医療観察法の対象になるような犯罪者や患者にこそ「詐病」の精密な診断と、その治療プログラムの洗練が必要とされるはずだ。が、そのような検討がなされているとは、私の耳には聞こえてこない。
言うまでもないことだが、私は「詐病癖」は治療の対象であると思う。2004年末に生じた奈良県の女児誘拐殺人事件の犯人は13年前にも女児を絞殺しようとして逮捕されたが、3年の実刑だけで放置されていた。詐病者も小児性愛者も反復した犯歴(犯行癖)のある者なら長期にわたる治療・観察の対象とすべきで、「医療観察病棟」が彼らにとっての施設になればいいと思う。
■人物略歴 精神科医・斎藤学
家族機能研究所代表
1947年東京都生まれ。慶応大医学部卒業、フランス政府給費留学生、国立療養所久里浜病院精神科医長などを経て95年、家族機能研究所を設立。医学博士。アルコール、薬物依存症などの治療方法として、自助グループで語る手法を日本に広めた第一人者。日本嗜癖行動学会理事長、日本子どもの虐待防止研究会理事。著書は「家族の闇をさぐる~現代の親子関係」(小学館)、「男の勘ちがい」(毎日新聞社)など多数。
2005年2月3日
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