学力テスト:「好成績」戸惑う文科省 なぜ、上向いたのか
2005年 04月 23日
「総合的な学習の時間」を導入した新学習指導要領の定着度をみる学力テストの結果が公表された。ゆとり教育路線の総仕上げとして02年4月から導入された新指導要領は、学力低下を招いたと批判を浴び、文部科学省は昨年末、見直しに向け舵(かじ)を切った。しかし、初の検証材料となる今回の結果は、ゆとり教育の狙いの正しさを証明したようにも見える。なぜ、学力は上向いたのか。この結果が突き付けるものは何なのか。【千代崎聖史】
◇既定路線と矛盾
「真っ青な顔で発表しなければいけないかと思っていたが、青白い顔ぐらいでよかった」。テストを実施した国立教育政策研究所の折原守センター長が会見で漏らしたひと言が、文科省の置かれた微妙な立場を物語る。
文科省が新指導要領見直しに動き出した直接のきっかけは、昨年末に公表された経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)と国際教育到達度評価学会(IEA)の国際数学・理科教育調査(TIMSS)という二つの学力調査だ。
中山成彬文科相は、読解力がOECD平均レベルに落ち込んだことなどを受け「世界トップレベルとは言えない」と学力低下を初めて認め、指導要領全体の見直しを指示。今年2月からは中央教育審議会義務教育特別部会で、総合学習の見直しを含めた義務教育全般の改革に向けた議論を始めている。三位一体改革で最大の焦点となった義務教育費国庫負担制度の存続のため、国として義務教育への改革姿勢を最大限アピールしたい思惑も手伝い「ゆとり教育」見直しは既定路線とされてきた。
複数の幹部が言う。「解釈が難しい。見た目には改善傾向とも言えるが、よく見れば記述式の弱さは変わらないし、思考力・判断力が伸びたとも言えない。10年前のレベルに戻っただけ」「学力低下していないと言うにはデータが少な過ぎる。新指導要領導入から約2年経過時点のテストで、その効果が出たと言えるのか」
事前には「学力低下傾向の流れは変わらない」との見方が支配的だった今回のテスト。本来喜ぶべき結果を前に慎重な言い回しに終始する官僚が多い背景には、既に走り出している路線と矛盾しかねないという事情がある。
「新指導要領の狙いの正しさが証明されたのでは」。会見で出た質問に、常盤豊・教育課程課長は▽小6の国語で「桜」「夢」という漢字の書き取りを正答した割合が過去3回のテストで右肩上がりに高くなった▽設定通過率を約10ポイント上回った--との例を挙げ、「現場が基礎・基本の定着に努力した結果。この努力を指導要領見直しの中で応援していく」と述べるにとどまった。
◇「工夫」の結果も
今回の最大の特徴は、授業時間で小学校が314時間、中学校で175時間多かった旧指導要領下で学んだ児童・生徒より、新指導要領の「ゆとり教育」で学んだ子どもの方が、大半の教科・学年で成績が良かったという点だ。
文科省は、前回との同一問題の比較で、記述式とそれ以外に分類した場合、記述式の国語と算数・数学の正答率だけが0・9%、0・1%下落したと強調する。しかし、過去3回の記述式限定の同一問題で比べると、今回が最も悪かったのは、国語が6問中2問だけ、算数・数学も4問中1問にすぎず、今回だけ特別に正答率が低い訳ではない。
学力や学習意欲を押し上げた理由として、都内のある小学校長は「総合学習と教師による授業の工夫」を挙げる。「総合学習は本来、家庭や地域が担っていた部分を肩代わりしている。例えば、地域を知るフィールドワーク。その教材作りなどを通して、学び方のプロセスを学ぶことで、受動的でない自ら考える力や意欲が身につく。基礎・基本の定着は、こうした姿勢がなければ成り立たない」と話す。
また、授業の工夫の背景には、新指導要領が重視する「個に応じた指導」の広がりがある。教師に対する調査では、発展的な課題を取り入れた授業について「行っている」「どちらかといえば行っている」の合計の割合が、小5の理科を除くすべての教科・学年で上昇、算数・数学では60~70%台に達した。
理解が不十分な子どもに授業の合間や放課後に更に指導する「補充的な指導」も小5、6の社会を除き前回より上昇し、こうした授業や指導を受けた子どもの方がテストの得点が高い傾向が出ている。チームティーチングや少人数指導も、「実施」「どちらかといえば実施」の合計が小5の算数で61.8%、中2の数学で48.7%と、それぞれ前回から23.5ポイント、22.4ポイントと大幅に増えた。習熟度に応じたグループ編成も、小5で28.5%(14.1ポイント増)、中2で21.8%(14.5ポイント増)に上った。
ゆとり路線見直しのきっかけとされたPISAでは、韓国や香港より順位が下であることが大きくクローズアップされた。しかし、そもそも、国内で広く行われているテストとPISAでは見ようとする学力が異なり、問題内容には指導要領で教えられていない内容も含まれていたという事情もある。以前からの課題である読解力を除けば、日本の子どもの学力は上位に位置しており、新指導要領のもとで、小・中学生の学力が目に見えて低下したのかは疑問、との指摘は現場でも根強くあった。
【ことば】ゆとり教育 現行の新学習指導要領は02年度から完全実施され、小中学校に学校完全5日制と総合学習が導入された。文科省は総合学習を週2~4時間程度設定するよう各校に求め、週休2日完全実施と合わせ、学習内容を削減した。授業時間数は年間15%前後減り、教育界や産業界などからゆとり教育での学力低下の懸念が強まった。昨年末公表された二つの国際学力調査で指摘された学力低下を受け、中山文科相は今年1月、学習指導要領を見直す考えを表明。中央教育審議会は今秋までに基本的な方向性を提言するが、総合学習削減や基本教科の授業時間復活などが焦点になるとみられる。
【ことば】PISAとTIMSS PISA(学習到達度調査)は経済協力開発機構(OECD)が高1を対象に知識の応用力を測る狙いで、TIMSS(国際数学・理科教育調査)は「国際教育到達度評価学会」(IEA)が小4と中2の理系科目の力を測る狙いでそれぞれ行う。03年実施の両調査(昨年12月公表)で、日本はPISA「文章やグラフの読解力」で41カ国・地域中14位(前回8位)。TIMSSの小4理科が3位(同2位)、中2数学は前回と同じ5位ながら570点(前回579点)と点数が下がった。
毎日新聞 2005年4月23日 2時27分
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