両陛下:訪欧を前に会見(2)
2005年 04月 25日
1970年の大阪万博で、ノルウェーは他の北欧の国々と合同でスカンディナビア館を出展いたしましたが、この時既に今回の愛知万博のテーマである環境問題への認識を強く打ち出しており、ほぼ全館を使って公害への警告をしていたことが思い出されます。
このころから北海の油田のことがよく話題に上るようになりましたが、最近になり、この油田のその後の開発に関し、当時のノルウェー政府が経済の過度の石油依存を回避するよう努力していたことを知り、感銘を受けました。
ここ10年、20年を振り返っても、オスロ合意やスリランカ、スーダンにおける和平交渉などでノルウェーの国際平和への貢献は世界に知られており、20世紀の初期、赤十字や難民救済の事業に貢献し、ノーベル平和賞を受けたナンセンの理想が今もノルウェーの国民の間に確かに受け継がれ、既にこの国の国柄になっているように感じます。
ノルウェーと同じく、アイルランドの訪問も20年ぶりのことで、当時を思い起こしますと、さまざまな美しい思い出がよみがえり、懐かしい気持ちでいっぱいになります。
私の学生時代、聖心でも雙葉でもアイルランドの修道女のお姿を見る機会は多く、直接お教えを受ける機会は少なかったのですが、どなたも魅力的で美しく、今そのお一人お一人をお名前とともに思い出します。
高校2年の時、一生にただ一度の経験ですが、劇の主役に選ばれ、聖パトリックの布教が始まる異教時代末期にタラの居城から…先ほど陛下のおっしゃったタラです…タラの居城からアイルランドを統べていた族長の王子の役をいたしました。
前回のアイルランド訪問の時、このタラの地を陛下とご一緒に訪ね、かつてここで美しいハープの音が響いたと言われるその時代に思いをはせました。国花であるシャムロックを土地の子供たちが摘んで見せてくれたことを思い出します。
この聖パトリックの布教とそれに続く時代に作られたと思われる異教とキリスト教との両要素を持つ伝承の物語や、さらに古いケルトの諸種族の興亡の中で生まれたと言われる常世(とこよ)の国や妖精の伝説には心ひかれるものがあり、アイルランドの血をひく小泉八雲が、日本の各地の伝承に関心を示したことは、この観点からも興味深いことに思われます。
同じく前回の訪問の時にトリニティー大学で美しい詩の朗読を聞かせていただきました。その一つはアイルランドの盲目の詩人ラフタリの「カウンティー・メイヨー」という詩で、1回を原文のゲール語で、2回目を英訳で読んでくださいました。
私はこれまで多くの詩を読んできたわけではないのですが、このラフタリの詩のように、幾つかの心打つアイルランドの詩に出会えたことは幸運でした。「二つの川の出会うところ」のようなアイルランドの詩についても同様のことが申せます。
そして一方ではこうした心ひかれる詩や歌を通して、私はアイルランドが国として経てきた苦難の歴史、多数の国民が国外移住を余儀なくされた大飢饉(ききん)のことや、独立を求めた詩人たちの蜂起の歴史についても少しずつ知る機会を持つようになり、自分の中のアイルランド像を膨らませてきたように思います。
この度の訪問では、それぞれのお国の首都に加え、ノルウェーでは古都トロンハイムを、アイルランドではグレンダ・ロッホを訪問いたします。
オスロでは国王陛下がご病後にもかかわらず、私的な夕食会に出席されるということで、大層うれしく楽しみにしております。
王妃陛下も、さぞ、ご心労でいらしたこととお察しいたします。また、アイルランドでは、日本にいらした時、私がヘルペスを患ってお会いできなかったマカリース大統領とも、今回このような形でお会いする機会を持てることを幸せに思います。
訪問するどちらの国においても、旧知の方々をはじめとし、各所でその国の大勢の方々とお会いすることを今から楽しみにしております。
体調のことはおっしゃいました?
【天皇陛下】体調。そうですね。体調についての質問がありましたけれども、この前お話ししたのと同じような状況であり、今度の訪問には大丈夫だと思っております。心配している方もあると思いますが、安心していただきたいと願っています。
【皇后陛下】私も体調についての質問にお答えいたしますと、体調については、まだ、ご治療を受けていらっしゃる陛下に、お疲れが出ませんよう念じております。私ももう、ひところのように若くはないので、少し心配ですが、よく注意をし、つつがなく務めを果たしたいと思います。
【質問2】天皇陛下に伺います。昨年5月、皇太子殿下が欧州訪問前の会見でされた妃殿下を巡るいわゆる「人格否定」発言が発端となり、皇室の方々の外国訪問の在り方が話題となりました。両陛下は皇太子、同妃時代から現在に至るまで、多くの国々を訪問され、国際親善に努めてこられましたが、皇室の方々の外国訪問のあるべき姿、果たすべき役割をどのようにお考えでしょうか。
【天皇陛下】私どもは、皇太子、皇太子妃として多くの国々を訪問しましたが、ほとんどの外国訪問は、日本に国賓をお迎えした国に対する答訪であり、その多くは昭和天皇の名代という立場での訪問でした。これは当初は天皇の外国訪問の間の国事行為の臨時代行に関する法律が無かったためでしたが、法律制定後、昭和天皇、香淳皇后の欧州ご訪問と米国ご訪問が実現した後も、両陛下のご高齢の問題があり、再び、昭和天皇の名代としての外国訪問が始まりました。
昭和天皇、香淳皇后の欧州ご訪問までには国賓を迎えたほとんどの国々に対し、私どもは答訪を終えていましたが、その後は国賓の数も多くなり、昭和の終わりには相当数の未答訪国が残っていました。平成になってからは、国賓に対する答訪は無くなり、私どもの外国訪問は、政府が訪問国を検討し、決定するということになりました。
このように天皇の外国訪問の形も時代に伴って変遷を経、現在の私どもの外国訪問は、この度と同様に、ほとんどすべて国際親善のための訪問となっています。
国際親善の基は、人と人との相互理解であり、その上に立って友好関係が築かれていくものと考えます。国と国との関係は経済情勢など良い時も悪い時もありますが、人と人との関係は国と国との関係を越えて続いていくものと思います。この度の訪問が訪問国の人々と日本の人々との相互理解と友好関係を深める上に少しでも役に立てばうれしいことです。
【質問3】両陛下に伺います。今回のノルウェーで、即位後、王室のある欧州の国々をすべて訪問されることになります。各国の王室では、一つの例として、男女平等に王位を継承できる動きが広がるなど、時代とともに変化してきています。今後の皇室を考えていくうえで、これまでの欧州の各王室とのご交際の中から参考になることなどがありましたらお聞かせください。
【天皇陛下】私が欧州の各王室の方々と知り合うようになったのは、今から50年以上前、私の19歳の時に英国女王の戴冠式に参列した機会でした。戴冠式には国王や大統領は出席しませんが、皇太子や王族などそれぞれの国から名代が参列します。その中には後年、度々お会いする当時、皇太子や王弟でいらしたノルウェー国王、ベルギー国王、ルクセンブルク大公もいらっしゃいました。
戴冠式参列後、欧州諸国を訪ね、ベルギー、オランダ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデンで国王や女王にお目にかかりました。特にベルギーではお住まいのラーケン宮に二晩泊めていただき、私より3つ年上のボードワン国王の手厚いおもてなしをいただきました。
毎日新聞 2005年4月25日 23時10分
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