脱スパルタの高校野球 メンタルトレーニング<1>
2005年 08月 08日
脱スパルタの高校野球 メンタルトレーニング<1>
気持ちを切り替えて力投する三富投手 甲子園には“魔物”が棲むという。勝敗を分ける緊張の場面で強豪校がエラーしたり、プロ野球スカウト注目の選手が予想外の自滅をしたりする。その魔物とは“心の弱さ”のこと。今、心の弱さを克服するため、甲子園を目指す全国4253校のうち約1000校が、密かに「メンタルトレーニング」に取り組んでいる。プロ野球でも専門のコーチを雇うチームや選手がいるが、“企業秘密”として公表していない。日本の第一人者、高妻容一・東海大助教授(50)のサポートを3年前から受けている光明学園野球部(神奈川県相模原市)にスポットをあて、スポーツの「心」をリポートする。【野口美恵】
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今年4月。光明学園にとって初の春季県大会8強をかけた鎌倉学園戦、三回裏2死二塁。「打たれたらどうしよう。ピンチだ」。エース三富将太投手(2年)は平常心を失っていた。ボールをつかむ手が震え、胸が苦しい。
二回まで三者凡退でパーフェクト。ところが三回、たった一人のランナーを得点圏に進めたことで集中力がなくなり、ペースを乱したのだ。弱気で投げた球は甘く入り、センターに運ばれ2死二、三塁に。
スコアボードの上にはためく旗を見て気持ちを切り替える さらに「俺はコントロールが悪い」と、悪い考えが頭をよぎった。こうなると本当にストライクが入らない。四球と暴投で1点を許すと「またやっちゃったよ」と元気がなくなった。自分で自分を追い込み、またの四球で満塁に。焦るほど、あと1アウトが遠ざかっていく。観客の誰もが、このまま崩れていくかと思った。
その時。三富投手はふと、スコアボードの上にはためく旗を振り返った。フーッと息を吐く。悪い考えを、深呼吸と一緒に追い出した。我に返ると、3ー1でまだ勝ち越している場面。「四球を出した事を気にするより、次を抑える事が大事」と気づいた。「打てるものなら打ってみろ」。そう強気に切り替えると、続く打者をファウルフライに打ち取り、三者残塁でピンチをしのいだ。
この「スコアボードの旗」に秘密がある。メンタルトレーニングの1つ「フォーカルポイント(焦点)」を使ったのだ。これは、「これを見たら、深呼吸して気持ちを切り替えるぞ」という目的物を決めておく方法だ。練習時から何度も繰り返す事で、ピンチの時に見ても、本当に心を落ち着けられるようになる。
三富投手は試合当日の朝、球場の周りを散歩して、自分のフォーカルポイントを探した。ピンチでは、マウンドと捕手の狭い空間に気持ちが縮こまりやすい。「遠くにあって目線が変わるものがいい」と、高い位置にある旗に決めた。「中学の時はマイナスのことばかり考えていた。今は四球を出してもすぐに諦めないようになった」と三富投手は手応えをつかんだようだ。
神奈川県は、横浜、桐蔭など強豪校がひしめく甲子園激戦区。しかし選手をスカウトで集めたりしない。本村幸雄監督(34)は言う。「みんな地元の子だけ。でもメンタルトレーニングをやって、中学時代は埋もれていた選手が、甲子園を本気で目指せるレベルまで伸びるんです」
本村監督は就任当初、スパルタ監督。試合で負ければ、練習で罰を課すスパルタ教育で“根性”を身につけさせようとした。しかし、いまどきの若い選手には通じない。たまたま部員から、高妻助教授が科学的な理論に基づいて精神面を強くする「メンタルトレーニング」を指導していることを知り、02年から野球部の全員で取り組み始めた。
これまで32強の壁に苦しんでいた光明学園は、メンタルトレーニングを取り入れた1年生が3年になった夏から躍進。04年は3大会連続ベスト16。この春はベスト8に勝ち進んだ。「この神奈川で勝ち上がるのに必要なのはメンタル」と本村監督。この7月14日、光明学園は初戦を制し、甲子園へむけた第一歩を踏み出した。
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静かに日本のスポーツ界に浸透し、新たな潮流を巻き起こしているメンタルトレーニング。「人間の性格は変えられないけど、精神力は変えられるんです」と高妻助教授はいう。高校野球シーズンを前に、スポーツの「心の世界」に足を踏み入れて行く。(つづく)
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【ことば】「メンタルトレーニング」
メンタルトレーニングとは、試合で実力を発揮することや練習での上達を促進することを目的に、集中力やプラス思考、気持ちの切り替えなどをトレーニングするもの。技術や体力作りと同じように、心を専門的に訓練する。
始まりは1950年代の旧ソ連。五輪のメダル獲得を国命とし、実力が同じなのにメダルを獲れた選手と逃した選手を分析した。すると心の強さに違いがあることが分かり、メンタル強化の研究が進んだ。米国は84年の五輪から本格的に導入、大リーグも80年代から専門コーチを付けている。
………………………………………………………………………………◇高妻容一・東海大助教授
高妻容一・東海大助教授 1981年から、計8年間渡米してメンタルトレーニングを学んだ、日本の第一人者。85年、日本のスポーツ選手もメンタル強化が必要だと訴え、JOCでプロジェクトを開始したが、「巨人の星」などスパルタが浸透していた日本には科学的トレーニングが受け入れられなかった。一足早く、マリナーズの長谷川滋利選手らが、高妻助教授の訳本「大リーグのメンタルトレーニング(ケン・ラピザ著)」を愛用していた。
94年、「メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学研究会」をスタートさせ、現在では12都市で週1~月1回の研究会を開催している。これまでに、五輪チームやJリーグ、高校野球などで指導。光明学園には、高妻助教授のスタッフが週2回のサポートを行っている。1955年宮崎県生まれ。空手6段。
メントレ・応用スポーツ心理学研究会
http://www.mental-tr.com/mental/
ウェブリーグ(高妻助教授を紹介)
http://www.webleague.net/wcoach/wcoach.php3?teachid=1
2005年7月18日
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