Qちゃん、故障乗り越え復活V 「伝えの走り」に経営者を見た
2005年 11月 21日
シドニー五輪女子マラソンの金メダリスト、高橋尚子選手(33)=ファイテン=が二十日、東京国際女子マラソンに出場し、二時間二十四分三十九秒で優勝した。「一度はやめようと思った」マラソンで復活した背景には、企業経営にも通じる周到に練られた戦略と戦術があった。
◆過去と決別
その最たるものは、過去との決別だ。十年間指導を受けた恩師、小出義雄・佐倉アスリート倶楽部代表のもとを離れ、今年六月に個人チームである「チームQ」を結成した。
あえて指導者をもたず、練習も本番でのレース展開も自分自身で考えるようにした。
それは、どん底から這い上がった企業と同じだ。
二〇〇一年度に四千三百十億円という未曾有の大赤字を出した松下電器産業。〇〇年六月に就任した中村邦夫社長(66)は、「大量生産に付加価値がある時代ではない」と宣言、創業者の松下幸之助氏が築いた事業部制をはじめとする大量生産・大量販売システムに次々とメスを入れ、業績のV字回復を遂げた。
今、苦境にある三洋電機。十八日の再建計画発表会見で、野中ともよ会長(51)は、「過去と決別しないと新しいスタートは切れない」と強調した。「総合家電メーカー」の看板を下ろす決断をしたが、三洋の場合、具体的な戦術となると、まだ不透明な部分が多い。
「きょうはペースが割とゆっくりだったので、我慢我慢の連続でした」
高橋選手がスパートをかけたのは三五・七キロ地点。米コロラドでの合宿で繰り返した練習よりも遅い地点だが、レース展開をみながら自分の体力を緻密に計算する余裕が生んだ戦術だ。
機をみるに敏か否かが企業の明暗を分ける例は多い。米アップルコンピュータは、携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」の新製品投入でソニーに先行。メーカー別国内シェアで59・8%(十一月第二週時点)と二位のソニーの9・7%に大差をつけた。アップルとソニーは九月に新製品を同時発表したが、アップルが即日発売したのに対し、ソニーは二カ月後の今月十九日だったのが響いた。
◆1億円の責任感
レースでは、高橋選手のネックレスが印象的だった。
今年六月、それまでのアジアスカイネット航空に代わり、健康用品の販売を手がける企業「ファイテン」と所属契約を結んだ高橋選手。北京五輪後の二〇〇九年五月までの四年間で、契約金は推定約六億円とみられている。
「ファイテン」は一九八三年の設立。京都市中京区に本社があり、化粧品やスポーツ関連商品・健康食品・グッズなどの販売で急成長中だ。
ネックレスはこの会社の製品だ。「常時つけるようになったのはファイテンと契約してから。今回は“高橋尚子モデル”を作っていただき、チームQのみんなでおそろいでつけています。軽くて走っていても気になりません」と高橋選手は笑った。
チームQは高橋選手以外に練習パートナーの藤井博之さんと、元UFJ銀行の西村孔トレーナー、積水化学などでチームメートだった栄養士の佐藤直子さんの三人で構成。
チームが第一線で活動するためには年間一億円の経費がかかるといわれ、ファイテンの支援の意義は大きかった。
今回、高橋選手が右足の故障をおしてでも出場した背景には、一つにはチームを運営する“経営者”としての責任感があったのかもしれない。
高橋選手は、大会の協賛企業であるNTTドコモのキャンペーンマスコット「ドコモダケ」をプレゼントされた。
協賛企業にとっても高橋選手の“広告塔”としての価値は大きく、これからいろいろな企業からのキャンペーンのオファーなども予想される。
◆夢を持ち続けて
三十三歳の高橋選手は「団塊ジュニア世代」。自分と同じ三十代や小・中学生、それに中高年の人たちに向け「夢を持ち続けてほしい」と何度も訴えた。
いま団塊ジュニアの働く女性たちの悩みはさまざまだ。
男女間の賃金格差、雇用機会の不平等は、職場への女性進出が進んだ現在も、いまなお存在する。結婚や出産による職場離脱で、キャリアコースから半永久的にはずされる危惧もある。
また、独身を通して仕事に没頭すれば「三十代以上、未婚、子ナシは女の負け犬」とまでささやかれることも。仕事を継続する上でのこうした壁や、子育てなどの生活変化から生まれる精神的なストレスは「キャリア・ハザード」とも呼ばれ、社会問題にもなりつつある。
また中高年層はどうか。景気はよくなりつつあるとはいえ、終身雇用、年功序列といった日本的経営システムの見直し、一世帯あたり千五百万円相当といわれる国の借金、三万人を超える自殺者がいるという社会情勢のなかで、将来の不安やリストラに怯えている中高年層は依然、多いという。
紀元前四九〇年。ギリシャの勇士が第二次ペルシャ戦争の戦場のマラトンからアテネまでの四二・一九五キロを走り、「戦争の勝利」を知らせた。それがマラソンの由来だ。現代の“走るメッセンジャー・高橋尚子”はすべての人々に応援のエールをおくった。(女子マラソン取材班)
◇
■復活V高橋尚子選手からのメッセージ
「人の温かさや力を貸してもらったという意味で、すごくうれしさを感じられた二年間でした。一度は陸上を止めようと思った時も、夢を持つことで一日一日を充実して過ごせました。陸上に関係なく、今、暗闇の中にいる人や悩んでいる人も、どうか夢を持って一日を過ごしてください。一日だけの目標でも三年後の目標でも、何でも目標を持つことで、一日が充実すると思います。小学生や中学生はもちろん、三十代そして、中高年の皆さんにも、二十四時間という時間は平等に与えられたチャンスの時間です。二度と来ない、この一日の時間を精一杯充実した時間にしてください」
.jpg)
