人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

共働き『給与2割カット』の波紋大分・日田市

東京新聞


『二重取りじゃないのに』


 夫婦共働きの場合は、それぞれの給与を二割削減する。大分県日田(ひた)市が打ち出した条例案だ。市長は「財政難の解消」を理由に挙げるが、全国的にも前例はないそうな。共働き世帯が増える中、ほかの自治体や民間への波及はあるのか。そもそも、なぜ給与カットの矛先が共働きなの?

■働いているのに肩身狭い…怒り

 「共働き夫婦の給与を狙い撃ちするということは、つまり妻が働いた分の給与は二重取りと思っているのか。まじめに働いてるのに肩身が狭い。本当に情けなくなってくる」

 日田市役所に夫とともに勤務する女性職員は怒りをこらえながら話す。同市の大石昭忠市長が七日、共働き職員の給与を夫、妻のいずれも二割削減する条例案を二十七日開会予定の市議会に提案すると記者会見でぶち上げたからだ。

 共働きを理由にした給与カットは史上初。全職員七百三十八人のうち三十三組が対象になる。

 市は市長ら特別職の給与カット案も上程予定で、こちらの削減幅は4・8%。

 こうした提案をした理由を市側は、財政逼迫(ひっぱく)に対処するためだという。来年度予算では地方交付税が十二億円減収になるのをはじめ、約十五億円の歳入減が見込まれる。

 大石市長は会見で「共働きで生活が一緒なら、住居費や光熱費、養育費などを節減できる。市民から市職員の給料が高すぎるという声があった」と話した。カットされる二割は、共働きをしていれば節減できる分だという発想らしい。

 条例案では、二割カットの対象は「生計を共にする職員」となっており、親子も含まれるが、現時点で親子職員はいない。二年間の時限措置で、年間五千二百万円、計一億四百万円の人件費削減を見込む。

 地方公務員法二四条には職員の給与は「生計費、国や他の地方自治体職員、民間などの事情を考慮して定める」とあり、市長は「同法に沿えば、(民間賃金に照らして)提案に無理があるとは思わない」と語る。

 日田市は農業や木工業が主要産業で、大企業は少なく、民間は低賃金が長年続いているという。日田商工会議所の佐々木栄真専務理事は強調する。

 「零細な地場産業から見れば市職員の給与は高すぎるという声がある。市役所はいい人材でいいサービスを提供し、給与は低く抑えるのが最も望ましいのではないか」

 現在の日田市は、日韓共催の二〇〇二年サッカー・ワールドカップ(W杯)でカメルーン代表のキャンプ地になり一躍有名になった旧中津江村など六市町村が昨年合併してできた。市総務課によると合併前は「住民百二十八人に職員一人」の割合だったが、合併後は「住民百人に職員一人」となり、職員がダブついているという背景もある。

 市幹部によると、大石市長は事前に総務省を訪れ、共働き夫婦の給与カットが違法になるかどうか照会した。「法的にダメとはいわれなかった」といい、そのことを大きなよりどころにしているようだ。

 市長提案で職員らには激震が走った。市職員労働組合の梶原信幸書記長は「結婚している人への差別につながる」と猛反発する。

■一律のカット案 合意寸前だった

 同書記長によると、労使間では全職員の給与を一律5%削減するための交渉が進み、合意寸前だったという。「市の財政が厳しいのは分かっている。組合としても協力できることは協力しようと考えていたのに…」と不信感を募らせる。

 市側は先月、組合に対して共働き職員に給与の二割を「自主返上」するよう提案した。それでも「憲法が保障する法の下の平等に反するようなことを条例案として本気で出してくるとは思わなかった」(梶原氏)と提案は半ば不意打ちだったようだ。

 日田市長の提案は、先に全職員の給与一律10%カットを受け入れた北海道からみても仰天ものだった。自治労全北海道庁労働組合の木村美智留書記長は「雇用はあくまでも個人が単位。人事院勧告でも共働きを理由にした給与引き下げなど聞いたことがない。常識では考えられない提案だ」と驚く。

 道庁によると、四十一歳道職員の平均年収が七百三十万円で、削減額は百十五万円になるという。かりに共働きだと二百三十万円になるが、それでも「全職員を対象にした一律カットならまだ公平で理解はできる」と木村氏。「『共働きなら生計費の負担が少ないはずだ』と言われれば本人は反論しにくいから、足元を見たのだろう。条例によってどんな給与カットもできるようになってしまえば、歯止めがなくなり、他の自治体にも影響を及ぼす恐れがある」と話す。日田市のケースは決して対岸の火事ではないのだ。

 総務省公務員部は条例案について「このようなケースは聞いたことがない」と驚きを隠さない。日田市に対しては「慎重に検討してほしい」と大分県を通じて求めている。事実上の断念勧告ともいえる。

 大石市長は条例案に総務省が反対しなかったと説明しているが、同省は「少なくとも担当者に事前に条例案の相談はなかった。報道で初めて知った」(公務員部給与能率推進室)と説明している。

 では、専門家はこの条例案の法的な妥当性をどうみるのか。

 日本文理大の鈴木照夫助教授(労働法)は「地方公務員法や労働基準法に抵触する可能性がある。そもそも憲法の定める法の下の平等に反する恐れもある。共働きの職員は同一世帯に属しているというだけだ。労働能力が低いわけではない。賃金カットに合理性はない」と切って捨てる。

■「議会可決なら制度上は可能」

 一方、大分大学の鈴木芳明教授(労働法)は「地方公務員の労働条件は条例で決めるので、条例案が市議会で十分な議論を尽くして可決されれば、システム上は可能だろう。民主主義に反するとは言えない」と指摘。同時に「二割カットの合理的な根拠が説明され、職員や組合にも了解されないと厳しいのではないか。同じ『共働き』でも夫婦の両方が市職員の場合と、片方だけが市職員の世帯とに不公平感が出てくる可能性もある」と懸念する。

■必要に迫られた共働きの増加も

 総務省の労働力調査によると、一九九七年以降、共働きの世帯数は、男性雇用者と専業主婦による片働き世帯を上回っている。二〇〇四年には、共働きが九百六十一万世帯、片働きは八百七十五万世帯で、差はさらに広がり、共働きが当たり前の時代になっている。

 男女共同参画社会の将来像検討会委員を務めた田中早苗弁護士は、共働き世帯のパターンとして(1)夫婦とも働かないと生活できない(2)生活に余裕はあるが、仕事での自己実現を求めている(3)家計に余裕があっても夫婦で勤めなければ将来に不安がある-を挙げる。

 その上で、「それぞれ家庭に事情があるので、共働き世帯は裕福だから、給与を一律に削減してもいいと考えるのはおかしい」と批判する。

 元内閣府男女共同参画局長の坂東真理子・昭和女子大副学長は「かつては市職員や教員同士が職場結婚すると、夫が管理職になるときには、妻が辞めるという不文律があった。今はさすがに改めているところが多いが、今回の条例案の根っこには、そういう意識があるのではないか」と指摘して、こう求める。

 「地方だと、市職員は民間の事業所に比べて高給だから、夫婦で市役所に勤めていれば、市民から高給取りだとやっかまれたりするんでしょう。市役所の給与水準が地域の事業所と乖離(かいり)していなければ問題にならない。まず市職員全体の給与を適正な水準にすべきだ。共働き世帯を狙い撃ちするのは、順序が逆だ」
by miya-neta | 2006-02-10 00:39 | 社 会