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「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

「Dr.北村」~女と男:天人五衰は更年期障害

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 講演を頼まれて東奔西走の日々。何が楽しいかというと人との出会いです。島根県松江市で産婦人科を開業しておられる森本紀彦さん(60歳)。酒を酌み交わしながらの話につい心を動かされ、このコラムに寄稿してもらうことになりました。今回は、更年期の女性と男性ホルモンとの関係についてです。

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 老いは誰にでも平等に訪れるもの、麗しい天女も例外ではありません。仏典には天女の老いの症状は天人五衰(てんにんごすい)と記されていますが、それには、冠の花飾りがしぼみ、天衣が垢(あか)に汚れる。腋(わき)の下には汗をかき、目が見えなくなる、そして何より日々の生活が楽しくなくなる、とあります。愛人であった雄々しい帝釈天にも見捨てられ、仲間の若い天女たちからも蔑(さげす)まれるようになった年老いた天女(国宝六道絵)に見られるこれらの症状は、現代の感覚では老年期というよりも更年期の精神的、身体的な症状だと思われます。平均寿命が50歳ぐらいであった時代には閉経後も生き続けた女性はほとんどなかったので、更年期の女性は立派な老女とみなされたのです。しかし今では医学の進歩によって平均寿命が80歳を超え、多くの女性が生き生きとした、しかも自立した更年期以降の人生を楽しみたいと思うようになりました。また昔の自分に可能な限り戻りたいという女性の願いをかなえるためには、心と体に張りと潤いを与えるようなさまざまな工夫が必要です。それらの工夫のひとつにホルモン補充療法があります。

 足りなくなったエストロゲンなどの女性ホルモンを補充する治療法はすでに多くの女性に用いられていますが、近年、男性ホルモンであるテストステロンを併用する新しい試みが始まっています。テストステロンは男性専用の性ホルモンと思われていますが、実は女性にとっても大変重要なホルモンで、思春期の発動は男女ともテストステロンによって引き起こされます。異性を好きになったり、性器や乳首の感受性が高まるのもテストステロンの作用です。また成熟した女性になってからも、生きる活力や性的な感受性を保つにはテストステロンがどうしても必要ですが、年齢とともに体内で作られるテストステロンは減少し、やがてその欠乏症状が出てきます。冒頭に述べられた毎日の生活が楽しくなくなるという状態はまさにテストステロンの欠乏症状そのものと思われます。このように女性の加齢とテストステロンは密接な関係にあるのです。

 実は、更年期の女性に対してテストステロンを投与するのは50年も前から日本で行われていました。その注射による効果はかなり強力なもので、産婦人科の医師であれば誰でも知っていたことでした。しかしその当時は多幸感や性欲の亢進(こうしん)といったテストステロン特有の薬理効果は女性にとって好ましくない作用としか評価されなかったのです。また1回の投与量がかなり多かったので、ひげが濃くなったり、声がかすれたりする副作用が見られたのも事実でした。現在では、ホルモン補充療法の先進国であるアメリカの学会でも、更年期の女性におけるテストステロン欠乏症という病態は正式に認められていますが、それに対する治療としては今までの注射や内服と異なり、テストステロンを少しずつ皮膚から吸収させる経皮投与という新しい方法が主流になっています。私もテストステロン含有クリーム剤を用いて治療を行っていますが、この方法によってそれまでに見られた副作用はほとんどなくなりました。いずれにせよテストステロンは「男性」ホルモンであっても「男性専用」ホルモンではないということを知っていただきたいのです。

 「海図もない未知の海原への船出」にも例えられる更年期の荒波を乗り切るには、ホルモン補充療法以外にもいろいろな方法があるでしょうし、「私を理解して支えてくれるやさしい夫がいれば、ホルモンのお薬はいりません」とおっしゃる人もいるでしょう。しかし、残念なことに昔も今も心優しい夫はそれほど多くはありません。ホルモン補充療法は心優しいパートナーの代わりになることは出来ませんが、それを補うひとつの選択肢にはなりうる、そう考えています。

 2006年11月2日
by miya-neta | 2006-11-02 10:41 | 女 性