「魂萌え!」 : 映画評
2007年 01月 29日
「第二の人生」に挑み、惑う団塊女性の応援歌
今春以降、定年退職を迎える団塊の世代の動向がかまびすしい。退職金だの年金だのと経済問題だけでなく、定年後の生き方そのものを問い直す議論も熱を帯びてきた。これは、むろん夫だけでなく妻の側にもあてはまる。定年退職した夫に先立たれた59歳の妻が、孤独と悲哀の中からいかにして立ち上がったか。これは、その希望と再生の物語である。
夫(寺尾聰)の定年退職から3年。心臓発作による突然死だけでも大変なことなのに、その夫に愛人(三田佳子)がいたとは……。しかも、夫の死後、アメリカへ行ったきりだった長男が、妻と2人の子供を連れて舞い戻って同居を迫り、財産分与を画策する始末。八方ふさがりのなかで、渦中の主婦(風吹ジュン)はいかにして現状を打破し、新しい生き方を見つけたのか。桐野夏生の原作小説を、阪本順治監督(脚本も)はヒロインの心に寄り添うようにして丁寧に解き明かし、世間の荒波にもまれながらも孤軍奮闘する一人の中年女性の偽らざる心情を描いていく。
家を出てカプセルホテルに泊まり込み、夫の愛人と対決し、わがままな子供に愛想を尽かす。その一方で、時々集まる高校時代の友人たちに励まされ、ロマンスグレーの男性に誘われるまま一夜の恋に身をゆだねたりもする。そのあたり、行き当たりばったりの冒険の数々をコミカルなタッチで描いていく阪本演出は、ヒロインにおもねらず、突き放さず、世相を巧みに取り入れた人間喜劇の趣だ。
家族から離れ、たった一人になった中年女性の激しく揺れ動く心情は、笑いの中にも悲しみが宿り、やがて、自分の人生を生き直すという決意の表明へと至る。これは人生90年の時代に「第二の人生」に挑む女性の自立の物語であると同時に、様々な生き方を模索する団塊の世代への応援歌にもなっている。
か弱さの中にもシンの強さを見せる風吹ジュンが出色の演技を見せる。出品された昨年の東京国際映画祭では、主演女優賞は確実とみたが、結局は無冠に終わった。が、賞は逃しても、風吹の演技は色あせぬ。女性陣、特に中年層から熱い支持を受けるに違いない。
――東京のシネカノン有楽町ほかで公開中。(映画評論家 土屋好生/読売ウイークリー2007年2月11日号より)
(2007年1月29日 読売新聞)