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「二条河原落書」のネタ帳


by miya-neta

【正論】坂村健 「引き算」か「足し算」か

コラむのニュース:イザ!


2007/06/19 05:58

 ■新技術導入の前に目的の明確化を

 ≪交通ICカードの可能性≫

 最近、改札にかざすだけで料金精算できる交通ICカードが、広く使われるようになってきている。ラッシュを抱える大都市の公共交通でのこの交通ICカードの導入目的は改札・発券・精算業務の処理効率化と現行利用者の利便が主であろう。この大都市と同じ目的で考えるなら、高齢化で利用者が減りラッシュなどない地方では、交通ICカードは採算が取れないという結論になる。そういう地方での公共交通機関の一番の問題は需要自体が減っていることだからだ。
 しかしなぜ需要が減っているかを調べると、ワンマン・無人駅化にともない、狭い場所で後ろに気を使いながら不自由な手先で小銭を扱うのが負担で外出しなくなった高齢者が多いという事実を知ることになる。ならば、それを救うための交通ICカードという目的設定があるのではないか。このような目的の明確化の議論がなぜ必要かというと、それが技術の使いこなしに大きく影響するからだ。

 新技術に対する最初のバリアを取り除き、高齢者に積極的に外出して社会活動に参加してもらう--そのために必要なことは、少子高齢化に向かう先進国の社会全体で対応するべき。そういう大きな構図の中での交通ICカードを考えるなら、さまざまな技術の使いこなしが可能になる。

 ≪イエーテボリ市の試み≫

 スウェーデン・イエーテボリ市のデマンドバス網の例を見てみよう(横浜国立大学・中村文彦教授の調査より)。デマンドバスは病院で乗って自宅の前で降ろしてもらえるなど、高齢者にとって非常に便利だが、配車の効率化のために「どこで乗ってどこで降りるつもりか」といった予約を、バスのデマンド(予約)時に行う必要がある。
 このようなシステムを日本で考えると、病院など多くの人が利用する個所にタッチパネル式の配車予約端末を置き、さらに携帯電話で配車予約のできる仕組みをつくるという方向に行く。確かにそれがもっとも自由度が高いが、この方向のデマンドバスの実験は日本ではことごとくよい成果をあげていない。自由度を求める人は自家用車を使い、デマンドバスでメリットを受けるはずの高齢者や障害者には、タッチパネル式や携帯電話の配車予約自体がバリアになるからだ。
 そこで、イエーテボリでは予約システムの単純化を目的とし、各所のデマンド端末にICカードをタッチするだけでバスが来るようにした。

 重要なポイントは、このICカードが市民IDカード(日本だと住基カード)だということだ。市民全員が持っている前提なのでカードを持たない現金利用者を考える必要はない。また、市民IDカードから住所情報が呼び出せるので、高齢者が自宅に帰るだけなら複雑な予約操作を行う必要はない。
 バスの中には弁当箱程度の大きさの単純なICカード読み取り装置があるだけ。システムが簡素化できれば維持費も低コスト化し、持続可能性にも寄与する。また、高齢者には「いろいろなやり方が可能」ではなく「必ずこの箱にカードをタッチ」という方がわかりやすい。市民IDカードを使うという制度の決定--つまり現金は使わないという「引き算」の決定により、システムが簡素になって多くのメリットが生まれた。

 ≪料金ボックスの化け物≫

 既存の制度を変えないで、新技術を導入しようとすると、どうしても「足し算」になってしまう。例えば日本のバスの料金ボックスは、紙幣もコインも使えておつりも出て、カードも使えて、高齢者割引もできるというような世界最高性能の料金ボックスだ。単純なICカード読み取り装置と化け物のような高価な料金ボックス。これは技術の差ではない。目的を明確化しその目的に素直に技術を使うことができたかどうかの差なのだ。
 私が策定委員としてかかわった、政府の長期戦略指針「イノベーション25」でも、イノベーションでは単に技術だけではなく制度改革が重要、との意見をずっと述べてきた。そして、先日の「正論」で述べたように、最も重要な制度改革は、日本が目標指向型から環境整備型の産業政策に舵(かじ)を取ることを、はっきりと国民に示すことだ。

 このほど、その最終とりまとめが出た。この「和」の国の日本では、最終とりまとめを出すまでに多方面での調整が必要だったとのこと。どのようなとりまとめになったか。「引き算のICカード専用」か「足し算の世界最高性能の料金ボックス」か。ぜひお読みいただきたい。(さかむら けん=東京大学教授)
by miya-neta | 2007-06-20 01:24 | 科学/技術