いじめ更生 苦渋の通報 昭島の中学生5人逮捕
2007年 08月 05日
2007年8月5日 朝刊
「通報したことは間違っていないと思う。けれど、悔やんでいないとは言い切れない」と、校長は言った。同級生に集団で暴行してけがをさせたとして、警視庁が中学三年の少年五人を逮捕した事件。警察に通報した校長は、その判断に今も悩む。警視庁と学校の相互連絡制度が始まって三年余り。現場の模索は続いている。 (中沢佳子)
七月一日の逮捕から約二週間後、現場となった東京都昭島市の中学校を訪れた。放課後の校庭に部活動をする生徒の声が響く。校長室で校長が口を開いた。「学校で起きたことは学校で解決する。それが基本。けれど今回はそうもいかないと判断した」
事件は五月三十一日昼すぎ、授業開始直前の教室で起きた。「殴りたくなった」と、五人は日ごろから「サンドバッグ」と言っていじめていた同級生の少年に殴りかかった。教室にいた生徒は三十七人。歯止めがきかなくなった五人は他の生徒にも暴行した。
男性教諭(37)が授業で姿を見せた時は何事もなかったように静まっていたが、生徒たちの目に異変を感じて「何があったか書いて」と紙を配布。十一人が事件を“証言”した。
警視庁少年事件課によると、逮捕された五人は昨年秋ごろから他の生徒に万引を強要。被害者の少年ら二人を標的に強く体をぶつなどしていたが、事件のあった五月ごろから暴行にエスカレートした。五人に非行・補導歴はなく、学校側は五人が校舎の壁をけるなどしていたことは知っていたものの、いじめには気付かなかったという。暴行を受けた少年は仕返しを恐れて我慢していた。
通報の理由について、校長は「事件を目撃した生徒たちに、誤ったことを見過ごしてはいけないと伝えたかった」と言った。「抵抗しない相手をいたぶるのは絶対にだめだと示さなくてはと思った。でも(通報で)事件が表ざたになり、被害者につらい思いをさせた。加害者にも本来望んだ教育効果があったのかどうか…」
警視庁と学校の相互連絡制度は、二〇〇四年五月に開始。都内の各教育委員会や私立校と協定を結び、警察は逮捕や補導事実を、学校は暴力行為や問題行動の情報を互いに連絡している。協定を締結した小中高校は七月現在、二千四百八十五校のうち二千三百十八校。子どもの人権を侵害するとの指摘もあるが、警視庁少年育成課幹部は「子どもの将来を真剣に考えれば必要だと思う。警察は事件処理後、子どもにかかわることができない。事件後も子どもと接する学校に、情報を役立ててもらうのが狙いだ」と話す。
〇四年三月、大田区の中学校で中学三年の少年たちが放送室を占拠し「殺し合いをしよう」と放送、教員らに暴力を振るう事件が起きた。「伝説をつくりたい。中学生は逮捕されないだろう」と安易に計画した犯行。学校の通報で数カ月後、十人が逮捕された。当時の校長は「苦渋の決断だったが、戻ってきた彼らは別人のように更生していて驚いた。少年事件は罰よりも、どう更生させるかが重要。いろんな力を借りることも時には必要だと思う」と振り返る。
昭島市の中学の校長は言う。「加害者たちが戻ったら、反省させて、必ず再スタートさせる。警察も学校もそれぞれの立場で、いいと思うことをやるしかない」。学校の通報が是か非かという問いに正解はない。断罪だけが目的ではない。自分を振り返り、他人の痛みを理解する人間になるように-。罪と罰のはざまで揺れる校長の心を支えるのは、そんな願いだ。