クローズアップ2008:出版点数日本一「新風舎」倒産 急増自費出版ブームに冷水
2008年 01月 08日
自費出版大手の「新風舎」(東京都港区)が7日、東京地裁に民事再生法の適用を申請して事実上倒産した。出版点数が日本一になるなど事業を拡大する一方で、自費出版契約を結んだ著者が損害賠償を求める訴訟を起こすなど、トラブルも表面化していた。新風舎の破綻(はたん)は過熱する自費出版ブームを再考する契機となりそうだ。【斉藤希史子、鈴木英生、手塚さや香】
◇「全国の書店に並ぶ」はずが…トラブル続出
新風舎の松崎義行社長(43)は7日午後4時から会見。「書店で販売されるという宣伝文句にだまされた」として昨年7月と11月に計6人の著者が起こした損賠訴訟に触れ、「大きく報じられ発注が激減、資金繰りが悪化した」と悔しさをにじませた。
一方で、出版契約者とのトラブルについては「説明不足や、行き過ぎた営業もあったと思う」と認め、「社の本意ではない」と釈明した。
松崎社長が新風舎を創業したのは、都立高1年だった80年。自らの詩集の自費出版がきっかけという。現在の出版事情では実現されにくい本を出し、流通させたいという人々の「思いを顕在化させること」が社の理念。「社長・詩人」の肩書で一躍、時代の寵児(ちょうじ)ともてはやされた。
積極的に広告宣伝を展開したほか、多数の出版賞を創設し、落選者には自費での出版を持ちかけていた。また、契約段階で「協力書店があり、本が店頭に並ぶ」と著者に信じ込ませていたとされる。
訴訟の原告の一人で滋賀県在住の元大学教授の男性は、海外旅行にまつわるエッセーの出版を137万5000円で契約した。新聞広告を見て新風舎を知ったといい、「一般的な自費出版と違い、全国の書店に本が並ぶ『共同出版』をうたった点に魅力を感じた」と語る。
印刷された500部のうち50部が手元に送られ、残りは新風舎が販売する契約だった。追加で300部以上を自ら定価の7割の値段で購入した。男性は「全国の書店の棚に並ぶ、と書面や口頭で繰り返してきたのに、地元以外には、どこにも置かれなかった」と主張する。
今後の対応について、松崎社長は、これまでに新風舎が出版した約1万4000点に関し在庫分の買い取りを著者に打診し、当座の資金を得たいと話す。
出版準備中の約1100人に対しては、今月中に東京・大阪・福岡などで説明会を開く。「このまま経営が破綻すれば、いっそう著者の方々に迷惑がかかる。それを避けるための民事再生法の適用申請」と強調した。
◇簡単に売れぬ--冷静に判断を
「佐賀のがばいばあちゃん」(島田洋七著)など、自費出版から大ヒットに結びついたケースがあるのも事実。しかし、NPO「自費出版ライブラリー」の伊藤晋理事長は、実情を「売れると見込まれた本は、出版社が通常の方法で出すに決まっている。自費出版の書店売りは『1部でも2部でも売れたらいい』程度のもの」と話す。
トラブルも急増し、国民生活センターや自費出版関連団体も注意を呼びかけてきた。同センターなどに寄せられた相談は、02年度の51件から年々増加し、06年度には194件、07年度は上半期だけで130件。「本の一部は受け取ったが、残りが本当に刷られているのか確認できない」「強引な勧誘を受けた」など。
「危ない!共同出版」の著者で、NPO「リタイアメント情報センター」で自費出版トラブル相談室を開設している尾崎浩一さんは「出版の素人が複数の出版社から見積もりを取り寄せたり、書店に並ぶかを事前に確認するのは困難」と指摘する。
自費出版を手がける出版社で作るNPO「日本自費出版フォーラム」や「リタイアメント情報センター」の自費出版部会も出版社選びのガイドライン作成を進めており、(1)納期を契約書に記載(2)出版権を確認する(3)費用支払い時期や追加料金の有無の確認--などのチェック項目を盛り込む。
国民生活センターは「出版社から作品がほめられても簡単に本が売れるとは限らない。契約金額など冷静に検討してほしい」と呼びかけている。
◇団塊世代が「供給源」
ここ数年、自費出版はブームとなっている。自費出版に力を入れている主な出版社3社の新刊書籍刊行点数は06年に計4487点と、00年の1659点の約2・7倍に上った。書籍全体の点数はこの間、約1・2倍にしか増えていない。特に、書店で販売されるものが増え、ブームを後押しした。
中でも急成長したのが新風舎。「出版年鑑」(出版ニュース社)によると、06年には00年の10倍を超える2788点を刊行した。これは講談社(2013点)を抑え1位。3位も自費出版系の文芸社(1468点)だった。
自費出版では通常、制作費用を著者が全額負担する代わり、でき上がった本はすべて著者のものとなる。自費出版ライブラリーの伊藤理事長によると、費用は基本料金が1ページあたり1万~5000円だが、装丁や部数によりまちまちだ。
書店で売る自費出版では、新風舎で問題になった著者と出版社が費用を負担し合う「共同出版」や、初版の費用を全額著者が負担し、増刷分は出版社が負担するやり方がある。後者を基本とする文芸社の松山正明広報部長によると、「通常のソフトカバーで1000部だと、費用は180万円程度になる」という。
自費出版の点数が増えた理由には、団塊の世代が一線を退き始めたこともある。出版ニュース社代表の清田義昭さんは「この世代はパソコンを使える人も少なくなく、気軽に本を書く人が多いのではないか」と分析する。
毎日新聞 2008年1月8日 東京朝刊