「どうすれば償える」、岡山事件で父親が謝罪
2008年 03月 27日
岡山市のJR岡山駅ホームで、岡山県倉敷市の県道路建設課職員假谷(かりや)国明さん(38)が突き落とされ、電車にはねられ死亡した事件で、殺人未遂容疑で逮捕された大阪府大東市の少年(18)の父親(56)が岡山市内で記者会見、涙ながらに謝罪した。「こんな子を育てて申し訳ない」。阪神大震災による転校、小中学時代のいじめ、進学断念……。少年の様子について1時間半にわたって語り、何度も頭を下げた。
会見の冒頭、假谷さんや遺族に対し、「どれだけご迷惑をおかけしたか。どうしたら償うことができるのか。申し訳ない気持ちでいっぱいです」と謝り、少年の生活について、時折、声を詰まらせながら話した。
1995年の阪神大震災が少年の一家を変えた。兵庫県尼崎市の自宅がつぶれ、1年後に大東市に引っ越した。少年は当時、小学生で、いじめられるようになり、それは中学に入るとエスカレートした。
修学旅行で行った沖縄で、同級生に海に沈められたり、自宅に遊びに来た同級生にゲームソフトを数十本もとられたりした。体に青あざをつくって帰宅したこともあった。
〈めちゃくちゃやられてきたからな。仕返ししたるねん〉。少年はいじめられても学校に通い続けたが、中学卒業直後に激高したことがあった。たしなめたら、〈しない、しない〉と言い、以後そのことは言わなくなった。
高校は、中学の知り合いのいないところを選んだ。将来について、少年は〈社会に貢献できることを、なにかひとつでもやる〉と話した。少年は大学進学を目指していた。だが、〈家が貧乏で、金がないから、進学はやめる〉と、父親に打ち明けた。
それでも〈金をためて進学したい〉。思いは揺れ動いた。今年の正月には年賀状配達のアルバイト。事件前日の24日には、大阪・梅田のハローワークでもらってきた求人票のコピーがズボンのポケットに5~6枚入っていた。〈こういう会社があるねん〉と父親に相談していた。
茨城県の8人殺傷事件について24日夜、〈こんなことをしたらあかんよ〉と言うと、少年は理解した様子で〈ふーん〉と答えた。
「息子と私はずっと一緒だった。日曜日も休みの日も。弱い子だし、小さいころ公園で子犬に追いかけられたこともある」
父親は「なぜこんな事件を起こしたのか。僕にもわかりません」と手で顔を覆った。
(2008年3月27日 読売新聞)