海自訓練死 うやむやでは禍根を残す
2008年 10月 19日
2008年10月19日
職場の荒廃が進んでいるのか。それとも、みんなが過敏になっているのか。
労働局への相談で「いじめ・嫌がらせ」に関するものが急増している。
東京労働局は2007年度に2万件近い民事上の個別労働紛争に関する相談を受けた。このうち、いじめや嫌がらせについての相談は約3300件で3年前に比べ倍増した。福岡労働局でも、いじめ・嫌がらせは全体の約10%の973件で2年前の2倍以上に増えた。
本来ならば、ここで関係者が十分に話し合って、事実ならば謝り、誤解ならばそれを解消し、二度と起きないように職場のルールをつくるのが理想だろう。
だが、相談件数の急増はそれがまさに理想にとどまっていることを示す。
ならば、もっと上下関係が厳格な階級社会ではどうか。外との接触が少ない閉鎖的な組織ではどうか。抵抗しづらい環境でいじめは執拗(しつよう)となり、人を死に追いやるまで続くことも想像に難くない。
海上自衛隊の第一術科学校(広島県江田島市)で9月、愛媛県出身の男性3等海曹(25)が格闘訓練中に頭を強打して意識を失い、約2週間後に死亡した。
死亡した3曹は海自の特殊部隊「特別警備隊」の隊員養成課程を中途でやめ、潜水艦部隊に戻ることになっていた。
学校のレスリング場で、3曹1人に対し、15人の隊員が次々に交代しながら50秒ずつ格闘した。そして、14人目の相手からあごにパンチを受けて意識不明となった。以前にも別の隊員が異動直前の格闘訓練で隊員16人の相手をさせられ、けがをしていたという。
3曹のように多人数を相手にする格闘訓練は、養成課程の通常科目にはないという。海自には「特殊な組織なので、通常より厳しい訓練が必要」との声もあるが、異動直前にやるべきことなのか。
自衛隊内でいじめが横行しているのではないか。そんな疑念が出てくる背景には自衛官の自殺率の高さがある。自殺者は04年度が94人、05年度は93人、06年度は93人で自殺率(10万人当たり)は38.6人と、国家公務員の中でも突出して高くなっている。
いじめと自殺の因果関係を認めた判決も出た。海自佐世保基地(長崎県佐世保市)配備の護衛艦の艦内で1999年11月、3等海曹=当時(21)=が自殺したのは「上司の侮辱的な言動が原因となってうつ病にかかった」ためと福岡高裁が認定し、国に賠償を命じた。
会社や学校などあらゆる職場で、いじめや嫌がらせの被害が出ている。だが、当事者が訴え出ないとなかなか分からない。自衛隊のような組織ではそれも難しかろう。だからこそ、表面化した事案は徹底的に調べ、責任を追及すべきだ。
「異動のはなむけ」という説明では、死亡した隊員の家族が納得しないのは当然だ。うやむやに済ませば自浄のなさをさらけ出し、禍根を残すだけになる。
=2008/10/19付 西日本新聞朝刊=